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  • 第三話 鷹代航は潜入する(3) 2017年12月15日更新
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 ふざけるな! オレの身体を使ってなにをやってるんだ、このくそジジイ。
 オレは怒り狂って叫びだしそうだった。なのにじいさんは、噂の火消しに努めるどころか、しばらく静観して犯人に伝わるまで待とうとメッセージを寄越してきた。いくら文句を書き連ねても既読無視だ。スマホを見ているオレに、店長も注意してきた。
 ここをクビになるわけにはいかない。すみません、と謝って、オレは仕事に戻った。
 だが頭のなかはぐちゃぐちゃだ。オレはどうなるんだ。じいさんのオモチャじゃないぞ。
 学校に入り込めないだろうか。シルバー人材センターの仕事や、高齢者ボランティアはどうだろう。今度、駅の自転車置き場のおっさんに訊こうか。じいさんの同級生だというし。……待てよ、オレはあのおっさんを前にして、じいさんのふりができるだろうか。温めますか、千円になります、ありがとうございます、そんな定型の言葉は、十七歳でも六十三歳でも同じ調子だけど。
 なんて考えている間に、店が混んできた。昼休みになったのだ。三台あるレジがフル稼働になる。弁当がどんどんなくなる。
 思いついたことがあった。客の波が途絶えるのを待って、店長に話しかける。
「出前って、しませんか?」
「なんの出前? 蕎麦屋の?」
 店長がきょとんとしている。
「いえあの、えと、学校に、出張所みたいなのを。生徒に、喜ばれるかなって」
「ああそういう意味ね」
「売り上げも、アップかも、です」
 オレが売りに出かければいい。そうすれば少しは関わりも持てるだろう。
「鷹代さんは、ずっと工場に勤めてたんだっけ? 小売り業は全然なの?」
「そうです」
 オレ自身は、別のコンビニにいたけど。
「店のことを考えてくれてありがとう。でもダメなんだ。納入業者は決まっているから」
「納入業者?」
 学校にコンビニなんてなかったぞ。
「お昼に、パン屋さんが売りに来てるんだよ。お孫さんに聞いてないかな」
 あ、と思いだした。そういえばいたな。焼きそばパンやコロッケパン、惣菜系のパンが売られていた。プリンもあった。
「だからうちの店、パンの仕入れを少なくしてるんだよ。期間限定などの特別なものは売れるけど、向こうにあるものは売れないからね。そうそう、いつだったか鷹代さんも、文房具を買いにきた先生に、職員室に備品がないのかと訊ねてたよね」
「えーと、はい」
「文房具などの備品も別の業者が入れてるから、備品と同じ商品は先生には売れない。生徒さん用に多少はあるけどね。ここにわざわざ足を運ぶ理由がある、価値がある、そういうものを置かないといけないんだな。チェーンのコンビニでもね」
 以前バイトをしていたコンビニの店長は、そんな話はしてくれなかった。上におもねり、下に怒鳴る、それだけだった。
 この店長、いい人なんだな、と思うと同時に、オレの頭になにかがひっかかった。
「足を運ぶ、理由」
「そう」
「向こうにあるものは、向こうで……」
「うん。……鷹代さん? どうしたの?」
「わかった! そうだ、だからだ! あああ、そうだ。そういうことだ!」
 オレは思わず叫んでしまった。店長がビビっている。
「すみません。一瞬、一瞬だけ、スマホ、使わせてください」

 どうするか、とじいさんや安立と急いで相談した。――休憩時間をもらって。
 じいさんと安立はすっかり仲良くなっているようだ。それはそれで怖い。安立の本当の相手は明かせないから、噂がひとり歩きしかねない。
 安立は直接対決して問い詰めると言った。じいさんとオレは、物証が必要だ、という意見で一致し、なんとか説き伏せた。
 オレの推理は、推理にしか過ぎないからだ。
 そうして安立はオレたちの依頼で、あることをした。白昼堂々と、入谷先生にいちゃついたのだ。もちろん、あくまでじゃれつく子犬、女子高生のノリ、を装ってだが。
 しかし目の前でそれを見せられた犯人は、たまったものじゃないだろう。
 早速、ぴろぴろぴろというドアの音とともに現れた。

「すみません。用紙、ないんですけど」
「え? あ、申し訳ありません。すぐ参ります。……おかしいな」
 尾田さんは客の呼びかけに大声で答え、最後の言葉をぼそりとつぶやいた。悪い。オレが抜いておいたのだ。
「オレ、やります!」
 コピー用紙を手に持って、オレはそいつの前に立った。
「しばらく、お待ちください」
「そのサイズじゃなくて、A4が」
「はい。順番に」
「ないのはA4。B4はあるの。この画面を見て」
「えーと、B4、B4」
 ぽち。とオレはタッチパネルになっている操作部の印刷ボタンを押した。
「あー、ミスしました。こっちで処理を。お金はいただかずに」
 オレはすかさず、排出されているB4の紙を奪い取った。やったぞ、と印刷面を見る。
 ――白い。
 まだ原稿をセットしてなかったのか。
「なにやってるんです? 早くA4をください」
 気づけば、背後に尾田さんが立っていた。はい、とA4用紙を渡される。他に客がいないからって、気働きが過ぎるよ。せっかく隙を突こうと思ったのに。
 尾田さんがオレの服の裾(すそ)を持って引いてくる。コピー機から離れろ、客のプライバシーに配慮しろというのだ。しかしそいつは、例の文句の原稿を持っているはずなのだ。証拠をつかまねば。いっそ奪い取ってやろうか。でもそれやっちゃったら、この店をクビになる。ぴろぴろぴろというドアの音がしたが、オレの視線はコピー機の客に釘づけだ。正直、どうしてオレまで熱くなってるのかと腹立たしい。
 そいつが、スカートのポケットから手帳型のスマホケースを出し、さらにそこから同じくらいの大きさの紙を出した。原稿ガラスに置き、操作部の同じ場所を何度もタッチしている。そうか、拡大か。じいさんが家に持ち帰った紙は、文字の細かい部分が潰れてかすれていた。あれはコピーをしたからだと思っていたが、拡大したせいもあったんだ。
「なにを取ってるんですか?」
 じいさんの声がした。
 いつの間に現れたんだ。さっきのドアの音か? オレに任せたんじゃなかったのかよ。
「鷹代くん……。授業は?」
「サボりました。それよりも大事なことがあるので。見せてもらいますよ」
 オレの姿をしたじいさんが、さっと排出口の紙を奪う。なにするの、と女性が悲鳴を上げる。
 じいさんが手を高く上げた。こちらに紙の表を向けて。「おまえの罪を知っている。反省しろ。さもなくばどうなるかわかるか」。この目でしっかり見たぞ。
「やっぱりね。俺も同じものを持っています。彼女の下駄箱に入ってました。もらった、というか捨てておいてと言われたんですが。……どういうつもりですか? 奥山先生」
 オレのクラスの副担任。いつも気弱そうにしている奥山が、顔を青くしている。じいさんはなおも続ける。
「いえ、どういうつもりかはわかっています。奥山先生もあの人のことが好きだからだ。去年、林先生が倒れて副担任の奥山先生にクラスが任され、不手際もあっていろいろ問題が起きた。フォローに入ったのはあの人だった。しかし、あの人は奥山先生の気持ちに応えられなかった。奥山先生は、その理由を知り、嫉妬した」
 奥山が、首を横に振る。
「……ち、違う」
「どう違います? もしかして俺を委員に推挙したのも、彼女を困らせるためですか?」
 こら、じいさん。それはオレが無能だと言ってるのか? じいさんがさっき得意そうに話した推理も、オレが考えたんだぞ。
 奥山が、ここにコピーを取りにきた理由に気づいたのもオレだ。職員室にはコピー機がある。教職員がコンビニにコピーを取りにくる必要はない。なのに取りにきたってことは、他人に見せられない原稿だからだ。
「それはあの。……外で話しましょう。ここはちょっと」
 奥山先生がオレたちのほうを見た。そうか、じいさんも彼女とかあの人とか、曖昧な言い方をしていた。店の人間に、誰のことか特定させたくないのだ。
「我々はなにも聞いてませんよ。ねえ、尾田さん。鷹代さん」
 はい、と店長の言葉に尾田さんが明るく答えるので、オレもうなずくしかなかった。どうしてオレがいないところで話を進行させるんだ。授業までサボりやがって。
 ふたりが出ていく。ぴろぴろぴろのドアの音が哀しい。と、店長が肩を叩いてきた。
「鷹代さんは関係者なのかな。何度も、お孫さんに連絡をしていたようだけど」
「あ、はい」
「ちょっとだけなら」
 店長が外に向けて顎をしゃくる。オレは大きく頭を下げて、外に出た。
「――わたしは鷹代くんをクラス委員に推挙したけど、それはできると思ったからで」
「その話は脇道だ。本来のテーマは安立さんのことですよね」
 本題は、まだ始まっていないようだった。
「おい、裏に行け。サボっておいて、堂々と姿、さらすな」
 オレが声をかけると、仕事はよかったのか? とじいさんが訊ねてきた。
「少しだけ」
「そうか。航――いや、じいさんがコンビニで暴れると、バイトをクビになると思って」
「暴れねーよ。奥山先生、恥ずかしくないわけ? 生徒に嫉妬して」
 あなたたちの関係は? と訊ねられ、孫と祖父、と答えると、奥山先生はオレに向けて話してきた。
「わたしは忠告をしていたんです。大人ならおわかりですよね。 教師と生徒の恋愛なんて、保護者に知れたらどうなるか。だからおじいさんも内緒にしてください」
「高校生でもわかる」
 と答えたのはじいさんだ。オレもうなずく。詭弁もいいとこなのに、奥山はなお続ける。
「安立さんはわかってないんです。あんな頭のいい子が」
「だったら口で言えよ、じゃない、言えばいいだけです」
 じいさんがイラッとした声になっていた。きっと怒鳴りつけたいんだろう。だけど相手は先生だ。オレの姿で怒鳴るわけにはいかない。
 バカモノ! と年長者――に見えるオレが怒るべきかとも思ったが、オレも先生が相手だと躊躇(ちゅうちょ)してしまう。オレは、じいさんが冷静ならこう言うだろうな、と想像して喋った。
「オレも、同じ考え、ですよ。変な紙とか、スマホにいたずらとか、大人のやること、じゃないです。まずは話、でしょう」
「説得は試みました、入谷先生に。あなたの将来に傷がつくと。だけど先生は、だいじょうぶ、ちゃんと考えている、責任を取る、としか言わない。わたしがいくら話をしても、受け止めてくれない。入谷先生を止められないなら、安立さんを止めるしかないでしょう? でも安立さんもまた、わたしの忠告を聞かないと思ったんです」
「だから脅したと? あんな子供みたいな手口で?」
 じいさんが詰め寄る。
「……周りの子に気づかれたんだって、そう思わせようと」
 高校生をバカにするなよ、奥山先生。そんなだから、去年、林先生がいなくなったあと、クラスで問題が起こったんだ。
「それ、先生自身が本当に思っているのか? 違うだろう。自分の行為を正当化するために、自分に言い訳をしてるだけだ」
 じいさんの言葉に、奥山先生が横を向く。じいさんは、奥山先生が取ったコピーを、見せつけるように掲げた。
「安立さんのスマホと下駄箱にこのメッセージがあった日、ショートホームルームのあとの一時限目は、入谷先生の授業でした。俺と安立さんが話していたのを入谷先生にからかわれ、安立さんは赤い顔で入谷先生を睨んだ。怒ったのかと思ったけれど、ふたりの関係を知ってみれば痴話喧嘩のようにも受けとれる。ホームルームを終えたばかりの奥山先生も廊下で見ていてそう感じ、カッとなったんじゃないですか? しかも、学校の目の前にあるコンビニでコピーを取るなんてね。安立さんを諭すつもりだったというなら、あらかじめ用意していなかったのはなぜです?」
「それは……他の人に、持っていることを知られないように……」
「万が一にでも誰かに鞄を見られたら、引き出しを開けられたら、という恐怖ですか。元の原稿がメモサイズなら、いざとなれば飲み込めるとでも思いましたか? コピーを取りにくるリスクより、手元に持っていたくないという気持ちのほうが強かったわけだ。じゅうぶん悪いことだってわかってるじゃないですか」
 じいさんが言う。気弱な奥山先生らしい考え方だ。
「自覚、してくださいよ。自分の心に、歪んだものがあるって。嫉妬、なんだって」
 オレがそう奥山先生に告げたとき、六時限目の授業が終わるチャイムの音が聞こえた。

 奥山先生をどうするかは、安立と入谷先生に任せることにした。そこから先は、関係者以外立ち入り禁止だ、とじいさんが言ったからだ。
 もともとオレには関わりのない話だ。それはそれでかまわない。っていうか、関わらないままでいたかった。オレと安立の噂は消えてくれるんだろうか。
 数日後、じいさんが安立から顛末(てんまつ)を聞いてきた。
 入谷先生は安立の家に挨拶に行ったという。父親は仰天したが、母親はうすうす気づいていたそうだ。将来的なことも含めての話し合いの場が、これから設けられることになったらしい。安立は親の公認をもぎ取ると燃えているとか。もちろん周囲へは秘密を貫くことに、変わりないが。
 奥山先生がやったことに関しては、安立と入谷先生がつきあっていることと、奥山先生が安立を脅したことをバーターにして、互いにそれ以上は踏み込まないことになったそうだ。
「「安立と入谷先生はともかく、奥山先生の、おとがめなし、納得いかない。奥山先生、やったもん勝ち、かよ」
 オレがそう言うと、じいさんが本当にそう思うか? と問うてきた。
「奥山を許したわけじゃない。同僚からの信頼や、生徒からの尊敬を、奥山は丸ごと失ったんだ。心を入れ替えようがなにをしようが、失ったものは戻らない」
「偉そうだな」
「真理を説くのは年長者の務めだ」
「ふん。だいたい、入谷先生が安立に、奥山先生にバレたってことを、安立が入谷先生に、脅迫めいた紙がきたってことを、相談してたら、話、早かったんじゃないか」
 じいさんが、なにかに思い当たったように笑った。
「そのとおりだ。だけど互いに、それを告げると相手が別れると言いだすのではないかと、心配だったらしい。自分は気持ちを止められないが、相手は止められると思ったんだな」
「は? くだらねえ」
「そういうものなんだよ、恋をしている不安な気持ちっていうのは。懐かしいなあ」
「まさか安立に、惚れてないだろうな。キモい。孫と同じ歳だぞ」
「思いだしていただけだよ。遠い日を」
 そう言いながらじいさんは、オレの顔で緩(ゆる)い笑いを浮かべている。気色悪いな。
「思いだすなら、犯人の情報にしてくれ」
 警察からの連絡も途絶えている。オレたちが入れ替わった原因を、犯人が知っているかもしれない。
 なにか、なにか手がかりはないだろうか。

ご愛読ありがとうございました。 この続きは2018年刊行予定の単行本でお読みになれます。

著者プロフィール

  • 水生大海

    三重県生まれ。出版社勤務、漫画家を経て2005年、チュンソフト小説大賞(ミステリー/ホラー部門)銅賞受賞。08年「罪人いずくにか」で島田荘司選 ばらのまち福山ミステリー文学新人賞優秀作を受賞し翌年『少女たちの羅針盤』に改題しデビュー。著書に『冷たい手』『運命は、嘘をつく』『消えない夏に僕らはいる』『ランチ探偵』『だからあなたは殺される』などがある。