物語がつまった宝箱
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  • 十二 市川泰造(いちかわたいぞう) ミュージシャン 2018年3月1日更新
 椅子(いす)。
 椅子っていうか、サドル。
 サドルじゃないかシートか。バイクのシート。それもアメリカーンなこうハンドルをほとんどバンザイしながら握るようなバイク。あるじゃない古い映画の、なんだっけ、ニューアメリカンシネマだっけそういうの。あ、アメリカン・ニューシネマか。
 そうそう、『イージー・ライダー』ね。あの映画で主人公たちが乗ってるようなあんなアメリカーンなバイク。
 そんなバイクの車輪がないのが、スクラップ同然のものがどうしてこのアパートの中庭にあるのかは謎なんだよねこれがまた。
 大家のおばあちゃんは随分昔に住んでいた人が置いていったとかなんとか言ってるんだけど、これどう考えてもこの中庭っていうかこの裏庭に入らないんだよね。この裏庭にはそれぞれの窓から外に出るか大家さんの部屋の裏玄関から出るしかないんだからさ。タイヤはないんだけどエンジンとかはあるから相当重いよこれ。窓から出すのもゼッタイムリよこれ。ミステリー小説のレベルで謎なんだよこれ。
 そもそも何でこのアパートにはこんな中庭があるのかわかんない。まぁ変わった建築なんだけどそこがおもしろいよね。
 大家のおばあちゃんが自由に使っていいって言ってくれたから、天気のいい日はここがすっかり俺の居間になっちゃってるよね。窓からひょいって出てそのまま。なんたって入居者は今現在俺ともう一人しかいないし、そのもう一人の桑田(くわた)くんはサラリーマンなんで昼間はいないし。六部屋あるのに二部屋しか埋まっていなくてそれでやってけるのかって思ったけど、そもそも大家のおばあちゃんお金持ちらしいし。
 テーブルもあるしベンチも置いたし、そしてこのアメリカンなバイクのシートもあるし、で、このシートに座ると自然と見上げる形になるから、空がきれいに見える。
 空、いいよね。
 特にここは中庭だからさ、空が四角に切り取られてさ、そこを鳥が飛んでいったり飛行機が飛んでったり。
 いいんだ、ここ。
 ちょっとした屋外のアートスペースみたいだよね。そういうアート作品どっかにあったよね。
 やっぱね、なんかの歌じゃないけどさ、人間って空に憧れる生き物だから、飛行機を発明したんじゃないかって思うよ。や、別に空飛びたいとは思わないけどさ。飛行機あんま好きじゃないしね。見るのは好きだけど乗るのはあんまりなー。
「おっ」
 ケータイ鳴った。いやスマホ震えた。
「はいよー」
(カツヤです)
「カギ開いてるから入っていいよー。庭にいるから」
(了解)
 カツヤとケイ。俺の部屋の玄関から入って、靴持ってきてそのまま窓から出てくる。
「どもー」
「まいどー」
 あらっ?
「なになにケイ。髪の毛染めたの?」
 ちゃんとした真っ黒の髪の毛になっちゃってるよ。ついこの前までは金色だったのに。
「染めました」
「なんかフツーになってんじゃん」
 びっしり立たせたりしてたのに、おとなしめにさらっと流しちゃったりして。カツヤは元々坊主頭で染めてなかったけど。
「なんか、服装もおとなしめじゃん? 二人ともフツーになったじゃん?」
 どこにでもいる全然あぶなくないっぽいフツーの兄ちゃんになっちゃってるよ。
「やー、あれですよ」
 カツヤがMacBook Proをバッグから出しながら笑った。
「一応、俺ら、泰造(たいぞう)さんのスタッフじゃないですか」
 カツヤが言って、ケイもにんまりと笑った。ケイはホント無口だよね。ほとんどなんもしゃべらないもんね。前に好きな食べ物訊いたら「カレー」って一言だけだったよね。
「一応じゃなくて、カンペキスタッフだよ。その気になったらうちの事務所と正式契約していいんだっていっつも言ってるじゃん」
 まぁまだ未成年で、しかも高校にも籍はあるみたいだからアルバイトってことでやってもらってるんだけど。
「けっこう稼ぎは出てきてるよね? ちゃんと税金とかもうちでやっちゃった方がラクだと思うよ?」
 俺のYouTubeのサイトから入ってくる収入の何パーセントかは二人に流れるようにしてる。そこで流しているMVやPVは全部こいつらが作っているんだからね。当然の権利。
「それもそうなんですけど。サイトにもちゃんと名前出してもらってるから、ゼッタイ泰造さんドカン! とメジャーになるから、そんときに、な?」
 カツヤがケイに話をフったら、ケイも頷いた。頷いて何か言うかなって思ったらただ微笑んでる。
「オレらがちゃんとしてないと、泰造さんにも迷惑掛かるかなって思って。だからまずは格好から」
「んなの気にしなくていいのに」
 もちろん人間的にちゃんとしてないのはゼッタイダメだけどね。クスリとかハッパとかマジでやったらダメって言ってあるし。
「ファッションなんか自由だぜ? 俺なんか一年中このパーカで歩いてて取材とかも全部これよ?」
「や、それもどうかと思いますけどね。できればもうちょいカッコつけてもいいと思いますよ」
 笑った。
「とにかく、最低限、一緒にやってもらってる泰造さんに迷惑掛けないようにしようかなって」
「そっか」
 まぁその気持ちは嬉しいよね。
「ちょっと天気良過ぎっすね。ディスプレイ見えないですよ」
「あ、そうね」
 PVの確認なのに、ディスプレイ見えないのはまずいよね。
「じゃあ、部屋ん中に戻るか」
 三人でぞろぞろと狭い俺の部屋に戻って。
「あ、冷蔵庫にあるもの適当に飲んでー」
「ウッス、サンキュっす」
 あんまり酒は飲まないから、冷蔵庫の中に酒以外のいろんな飲み物は充実させてんだよね。新製品出たらとにかく買ってみるし。気に入ったら何本も買っておく。
「プロジェクターあるから、カーテン閉めて壁に出します?」
「いいね、そうすっか」
 まだ最終編集まで行ってないこの間のPV。
 カツヤって本当に映像編集のセンスいいんだけど、実は音楽はやってないんだ。もちろん聴くのは大好きだけど自分で楽器をやってないからさ。そこんところの感覚っていうかノリっていうか、ちょっとだけ、テンポのズレってのがときどき気になる。
 だから、俺が観て感じたそういうズレってのを指摘して修正していく。
 カツヤがすげぇのは、そうやって指摘したところにさらにぐいっとおっかぶせてきて、俺なんかが想像していなかった直しをやってくるところなんだよね。そりゃもうやっぱこいつスゲーな出会って良かったわって毎度毎度思うんだよね。
「じゃ、流しますねー」

        ☆

 打ち合わせしゅうりょうー。
 カーテン開けて、中庭に出てお陽様の光を浴びてのんびりと。ビールでも飲みたいところだけど、こいつらはまだ未成年だから一応はガマンガマン。
「そういえば、お兄さん、シャチョーって団地に住んでるんですよね?」
「あぁ、そうだよ」
 兄貴のことをこいつらはシャチョーとカタカナで呼ぶ。まだ会わせてないんだけど、いろいろ話はしてる。
「なんか、見たような気がするんですよね」
「兄貴を?」
「そうなんです。泰造さんよりシュッとしてて眼が大きくて」
「あぁそうそう」
 兄貴の眼は大きい。まるで少女マンガに出てくる男みたいな眼をしてる。その眼にコロッと騙(だま)された女も多いって話なんだけどね。ま、昔の話でね。今はそんなことしてないと思うけどね。
「どこで会ったの?」
「や、見かけただけで。っていうか、ドローンカメラ飛ばしてたらたまたま映って、あれこの人そうかなって」
 なるほど。団地でドローン飛ばしてたら、たまたま兄貴らしき姿が映ったのか。
「兄貴、眼の前にドローン来てびっくりしてなかった?」
「まさか知らない人の眼の前にわざとドローン飛ばしたりしませんよ。ズーム搭載(とうさい)してたんで、それで」
 そっか。
「お前たちがちゃんと契約してくれるんならすぐにでも会わすけどね。同じ団地に住んでるんだし」
 住んでる棟は少し離れているみたいだけどね。あそこは広いから。カツヤは頷(うなず)いていたけど、首を捻(ひね)った。
「正直、仕事の契約って、よくわかんないんですよね」
「わかんないって?」
「オレたち、頭悪いんで」
 そんなことないぞー。
「カツヤとケイが頭悪いんだったら、世の中の連中全部頭悪くなっちまうぜ」
 二人が笑うけど、いや冗談じゃないって。
「お前らはさ、まぁ俺もその辺は突っ込んで訊いてないけどさ。俺には関係ないから、どうでもいいから。俺はお前たちがめっちゃスゴイ奴で俺の映像関係には欠かせないスタッフだと思ってるから。でも話の流れで訊いちゃうけどさ」
「なんですか」
「頭悪いって言ってンのは単純に学校の成績が悪いってことだろ? テストで良い点が取れないってことだろ? そりゃああたりまえじゃん、学校行ってないんだよな? 学校の勉強をしてないんだもん。成績も悪いさ」
 それはもう、自業自得よ。言いわけできない。
「行けるんなら最低限卒業はしといた方がいいと思うけどね。で、どうして学校に行かなくなったかはおいといてさ。お前らだってちゃんと学校行ってちゃんと教科書読んでいたら、きっとテストの点もよかったって思ってないか?」
「思ってないですよ」
 カツヤが言ってケイが頷いた。
「いーや違うね。思ってるね。そんなことを考えたことないだけなんだよ、ちょっと考えてみ? 自分たちが毎日ちゃんと学校に行ってた頃を思い出して、そのときにやってたテスト何点取ってた? 百点とか九十点とか取ってなかったか小学校の一年とか二年とか三年とか」
「そりゃあ」
 カツヤが笑った。
「その頃なら、取ってましたよ。百点も。なぁ?」
 ケイが、なぁ? って言われて笑って頷いた。いやいいんだけど少しはしゃべれよケイ。
「だろう? だからお前たちだって頭はゼッタイ悪くないんだよ。今だってカツヤはパソコン操ってめっちゃカッコいい映像作ってるし、ケイだってドローンをすごいテクニックで操ってしかも実機の自作までしてるんじゃん」
「それは、好きで覚えたから」
「そうだよ。好きなら覚えるんだよ。Macのテストあったらお前百点取るじゃん。そういうことなんだよ。だから、頭良いんだよ。自分たちのことを頭悪いからって言っちゃって何かをあきらめるのって、俺すっごく損だと思うんだよ」
 何でこんな熱く語っているかって言うとさ。
 俺がそうだったからなんだよ。
「俺はさ、音楽なら百点取ってる人間だって自分でも思ってるんだ。そしてさ、音楽で百点取り続けるために必要だって自分で思ったらさ、数学でも英語でも物理でも百点取るためにやるぜ! って思ってるんだよ」
 カツヤとケイは真剣な顔をしてる。わかってくれるかな。
「つまり、何が言いたいかってっとさ、頭悪いからって言葉で何もかも括(くく)っちゃって自分をあきらめるのがいちばん腹立つってことなのさ。わかる?」
 うん、って頷いた。
「でも、泰造さんは一応大学も行ってるし」
 うん、一応ね。誰でも行けるような大学なんだけどね。
「それはね、俺は記憶力だけはいいから。見たものを覚えていられるっていうめっちゃ便利な能力が生まれたときからあるから。ある意味、ズルね」
 教科書とか全部覚えられるからね。究極の一夜漬けできちゃうから。もちろん、暗記が有効な教科だけだけど。
「え? そうなんですか?」
「そうなの」
「あ」
 ケイがちょっと驚いたみたいに口を開けた。
「ひょっとして、あれもそうっすか」
「あれって?」
「泰造さん、撮影んとき、自分の立ち位置とか全部覚えてますよね? オレ、いっつも驚いてたんです。移動しても、もう一回撮り直そうってとき、必ず前とまったく同じ位置に戻ってるから」
 あぁ、そうそう。よく気づいてたねケイ。さすがだ。
「その通り。見たものは必ず覚えてるから。だから俺、行ったことはないけど世界中どこ行っても地図いらないからね。Googleで見ておけばそれでどこでも迷わないで歩ける」
 すげぇ、ってカツヤとケイが笑った。
「兄貴もそうだぜ。俺よりはちょっと落ちるけどね。見たものはしばらくの間は確実に記憶してる。まぁそうは言ってもそのうちに忘れちゃうこともあるけどね」
 だから兄貴は司法試験の勉強を必死にやってる。画像で覚えていてもしばらく経つと消えちゃうこともあるから、画像と同時に知識として覚えている。
 カツヤとケイがちょっと真剣な顔して何かを考えてた。
 あれ、何か言い過ぎたかな。
「まぁとにかくさ。大人の仕事がめんどくさいとか思わないでさ。自分たちの将来のためにいろいろ考えてみなよってことさ。ずっと二人でやってくんだろ?」
 こくん、って二人で同時に頷いた。

(つづく) 次回は2018年3月15日更新予定です。

著者プロフィール

  • 小路幸也

    1961年北海道生まれ。広告制作会社を経て執筆活動へ。2002年『空を見上げる古い歌を口ずさむ』で第二十九回メフィスト賞を受賞しビュー。 「東京バンドワゴン」シリーズはベストセラーとなり、ドラマ化もされた。著書に『うたうひと』『さくらの丘で』『娘の結婚』『アシタノユキカタ』(以上すべて祥伝社刊)など多数。