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  • 十五 大村行成(おおむらゆきなり) 副住職 2018年4月15日更新
 人生いろいろ、って台詞(せりふ)を実感込めて吐くにはまだ若いんだろうけどな。少なくとも一般企業のサラリーマンよりは坊主の方が人の人生を覗(のぞ)き込む機会は多いと思うよ。
 その坊主よりも、もっと溜息(ためいき)交じりにその台詞を吐けるのはたぶん警察官だろう。
 この町は犯罪多発地帯でもないだろうし、ましてや殺人事件なんてそうそう起こらない。少なくとも巡(めぐる)が赴任してきてからは一回もない。
 それでも、本当に交番のお巡りさんってのは大変だ。どこぞのスナックでホステス同士がケンカをしてるだの、車がエンストしてしまって道路の真ん中に停まっているだの、うちの猫がいなくなったんだけど探せないかだのとそれぐらい自分たちで何とかしろよと思うものでも一一〇番して交番にお鉢(はち)が回ってくる。
「人間という生物がイヤにならないか」
「そんなことはないよ」
 夜の十一時を回っている。引き継ぎは終わったのにその直後に車の自損事故があって、手が足りないからとそのまま現場に回って今帰ってきたそうだ。
 角のコンビニでばったり会ったので、一緒に帰ってきて部屋に上がり込んだ。今夜は晩飯も食えていなかったようで、お弁当を買ってきていた。
 いろいろ話がしたかったんだが、この二日ばかりはなかなか時間が合わずに、合ったとしても勤務中にできる話でもなかった。
「一本電話すりゃ晩ご飯を残しておいてやるのに」
「それはおばさんに申し訳ないよ」
「んなことはない。おふくろはお前に飯を食わせることに生きがいを感じているんだ。実の息子にはそんなことは感じていないのに」
 笑ったが本当だ。何だったらこの庵(いおり)に住まずに、寺に来て住んでもらった方が毎日のご飯を作ってあげられるのでそうしないかと折に触れ俺に言ってくる。
「本当にそうしてもらった方が俺もいちいち返事をしなくて助かるんだがな」
「まぁ、もう二年は過ぎているから、交番の近所であればどこに住んでも問題はないんだけどね」
「そうなのか」
「そうだよ。ここに住む義務があるのは一年間のみ。規則ではないけれども、そういう慣習になっているんだ」
「しかし家賃がタダなんだから、結婚でもしない限りは出て行かないよな」
「その通り」
「じゃあ、ここを出る日も近い、と」
 きょとんとする。
「あおいちゃんと結婚したら出るんだろ?」
 笑った。
「まだ早いだろうそんな話は」
 まぁ早いけどな。
「ところでな、巡」
「うん」
「たぶん、お前は話さないんだろうけどさ」
 なんだよ、ってまた笑った。
「お前がどうしてここの交番に飛ばされたのかって話なんだがな」
「あぁ」
 電子レンジがチン! と音を立てた。立ち上がってレンジまで行って、温まったお弁当を持ってくる。
「その話はしないって言ったよ」
「言ったけどな。どうしても話してもらわなきゃならなくなったんだ」
 巡の眼が細くなった。
「何があったの?」
 蓋(ふた)を開けると、旨(うま)そうな牛丼弁当の匂いが広がる。
「俺も何か買ってくりゃよかったな」
「半分食べるか?」
「いいよ。しっかり食べろ。ただでさえ痩(や)せ過ぎだってあおいちゃんもおふくろも心配している」
「ありがたいけどね」
 パクつきながら、箸(はし)を動かして、それで? という顔を見せた。
「どうしてその話を聞かなきゃならないって思ったの?」
「お前のことを見張っていた刑事がいたんだ」
 え? と口を開けた。
「刑事が?」
「そうだ」
「僕を?」
「そうだ」
「見張っていた?」
「そうだ」
 巡の右眼が細くなった。
「まさか、あおいちゃんが?」
「その通り。卒業式の日だ」
 お前のことを見張っている男の気配を、あおいちゃんが感じた。
「まったく超能力少女だよな。あ、もう社会人だから少女でもないか」
「身元を確かめたのかい。あれで」
「ご明察」
 掏摸(すり)の能力を使って何者なのかを確かめようとした。
「警察手帳を持っていたってさ。ヤバいと思って掏(す)ることはしなかったので、名前とかはわかっていないけどな」
 こいつはあおいちゃんのことはもちろん好きだが、掏摸の能力を使うことは良くは思っていない。まぁ確かにあまりやらない方がいいとは思うが。
「あおいちゃんが言うなら、確かにそうだったんだろうね」
「間違いないだろうさ。それでな」
 持ってきたデジカメを出した。データはあおいちゃんから貰っている。
「お前と一緒にいるときに、周りの写真を撮りまくった。誰かの視線を感じたり、そういう気配を感じたときには特に」
 あぁ、と、箸を持ったままおでこを何度か指で叩いた。
「それでだったんだ。なんかやたらと写真を撮っているなとは思っていたんだけど」
「それでだったのさ。そして、何枚かそいつを撮れた。お前を見張っていた刑事をな」
「本当に?」
「本当だ」
 ディスプレイに映し出す。
「こいつだ。見覚えあるか?」
 若い男だった。少なくとも、俺たちとそんなに変わらないぐらいの。
 巡の眼が大きくなった。箸を口にくわえて両手でデジカメを持って、ディスプレイを覗(のぞ)き込んだ。
「知り合いか?」
 小さく息を吐いて、頷(うなず)いた。
「柳(やなぎ)だ」
「柳?」
「同期だよ。同期の男だ」
「やっぱり、刑事なのか?」
 顔を顰(しか)めた。
「刑事、とは呼べないかな。たぶん」
「たぶん?」
 今度は、大きく息を吐いた。ディスプレイを見つめながら、今度は眼を細めた。
「何をしているんだかな」

(つづく) 次回は2018年5月1日更新予定です。

著者プロフィール

  • 小路幸也

    1961年北海道生まれ。広告制作会社を経て執筆活動へ。2002年『空を見上げる古い歌を口ずさむ』で第二十九回メフィスト賞を受賞しビュー。 「東京バンドワゴン」シリーズはベストセラーとなり、ドラマ化もされた。著書に『うたうひと』『さくらの丘で』『娘の結婚』『アシタノユキカタ』(以上すべて祥伝社刊)など多数。