物語がつまった宝箱
祥伝社ウェブマガジン

menu
  • 十七 宇田巡(うためぐる) 巡査 2018年5月15日更新
 本当に、何をやっているんだろう。柳(やなぎ)のやつ。
「同期で、刑事とは言えない、っていうのは」
 行成(ゆきなり)が唇を歪(ゆが)めた。
「あれか。よく小説とかに出てくる公安とかなんとか、そっちの秘密っぽい方なのか」
「よく知ってるね」
 マジか、って驚く。
「でも、言えないんだ。言えないというか、本当に知らないんだよ。彼がどこに所属しているのか。それは上層部の人間以外は誰も知らないんだ」
「でも、同じ警察官なのにどこに所属しているのか知らないってことは、公安とかなんとかかんとかとか、要するに身内なのに誰にも教えられない、そういうようなことをやっている秘密の部署ってことだよな?」
「まぁ、そういうことになるのかな」
 公然の秘密というか。
「公安さんもそうだけど、上の方の人間はわかるよ。あの人は公安のトップの人だね、とか。それは対外的に人に接する立場の人だけね。そうじゃない現場の人間っていうのは本当に教えられないし、知ろうとしてもダメなんだ」
「それぐらい機密性の高い仕事をしてるってことなんだろう?」
 そういうこと。
「本当かどうか僕には公安の知り合いがいないからわからないけど、何をしているのか家族にも内緒にしなきゃならないような部署もあるらしいね」
「家族にもか」
「そう。妻にも子供にも親にも内緒。ただ、公務員として仕事をしてるってことだけ」
 行成が顔を顰(しか)めた。
「ドラマならおもしろいけど、当事者はたまったもんじゃないな」
「たまったもんじゃないけど、そういうものが必要なのが今の世の中ってことだね」
「今というか、昔からだろ。人類が文明を手にしてからずっとそういうものは存在しているんじゃないのか」
 確かにそうかも。
「そういう意味では宗教と一緒かもね」
 あぁ、って頷いた。
「確かにな。そうかもしれん。まぁそれはいいとして、この柳くんは秘密の仕事をしている公安さんで、お前のことを見張ってるってどういうことだ」
 どういうことなのかな。
「公安じゃないよ柳は」
「違うのか。何だ」
 たぶん、でしかないんだけど。
「監察だね」
「観察?」
「今、物事を観察する、の観察で言わなかった?」
「言った」
「違うよ。監督して視察するの、監察」
「それって」
 行成が眼を丸くした。
 そう。
「警察の中の警察。警察官の不祥事の捜査や、服務規定違反などの内部罰則を犯したと思われる警察官を取り調べたり、警察内部の犯罪の取り締まりや監視をする役目の人たち」
「それに眼を付けられるって、めっちゃ拙(まず)いことだろう」
「拙いね」
「何をやったんだ、お前」
 思わず溜息(ためいき)をついてしまった。
「知られたくはないんだけどなぁ」
「そりゃそうだろうよ。そんな監察に見張られる不正をしてるなんて誰にも知られたくないよな」
「してないよ」
 笑った。
「わかってるよ。冗談だ。お前がそんな不正をするはずがない。それにだ、監視ってのは一人でやるもんじゃないだろ。チームでやらなきゃきっちりできないだろ」
 その通りだね。
「何事にも例外があるだろうし、実際僕も監察の人たちがどんなふうに仕事をするのかは知らないけど、基本的には二人以上のチームで監視をするね。それは刑事も同じだよ」
「だったら」
 行成がカメラを軽く叩いた。
「この柳ってのは一人で行動してるぞ。しかも毎日とかじゃない。不定期に現れているみたいだが、何をしてるんだ」
「そこだよね」
 本当にこれはわからない。
「仲が良かったのか。同期ってことは」
「悪くはなかったよ。彼はすごく優秀な男でね。誰からも一目置かれていた。だから、警察学校を卒業する前に一人だけどこかへ行ったのを誰も不思議がらなかった」
「どこかへ行ったって」
「噂でしかないんだけどね。監察官室に新人を入れるときにはそうするんだって。誰にもどこへ行ったかわからないように」
「マジか」
 たぶんね。
「だから、間違いなく柳は監察の仕事をしていると思う。その関係で僕を見張ったりしていたってことは」
「ことは?」
 教えたくはない。でも、しょうがないんだろうな。その歴史が始まって以来〈東楽観寺(ひがしらっかんじ)前交番〉と密接な関係にある〈東楽観寺〉の副住職である行成には、いつか教える日が来るかもしれないって思っていたんだけど。
「僕が持っている〈ある証拠〉について柳は知ったんだと思う。知り得る立場にいるんだろうね。そして、誰かの命令なのかあるいは個人的な狙いなのか、その〈ある証拠〉を今も僕が持っているのかどうかを確かめようとしているのかもしれない」
 また溜息が出てしまった。
「何となく、変だなとは思っていたんだ」
「何が変だったんだ」
 部屋の中を見回した。
「何となくだけど、部屋の雰囲気が違うことがあったんだよ。一週間ぐらい前だったかな」
「雰囲気が違う?」
 そう。
「雰囲気としか言い様がないんだけど、あれはきっと柳が僕の留守を、留守っていうのは交番にいないときだね。それを見計らってここに忍び込んで家捜ししたんだと思う」
「家捜しって、お前それは犯罪だろう。捜索令状もなしで」
 その通り。
「普通ならね。でも、きっと普通じゃない状況なんじゃないかな。そして監察だったら、家捜しの形跡なんかまったく残さずに、冗談抜きでチリ一つ動かさないで捜索ができるんだよ」
「マジか」
「そういう技術がないとやれないんだ。彼らの捜索能力に比べたら普通の刑事のガサ入れなんか幼稚園のお遊戯(ゆうぎ)にしか見えないだろうね」
 行成は本当に嫌そうな顔をして、僕を見た。
「そんな大げさなことまでして、こっそり確かめたい〈ある証拠〉って何だ。そしてそれはどこにあるんだ」
「うーん」
 どうしたもんだろうか。
 そんな簡単に教えられないんだけど。

(つづく) 次回は2018年6月1日更新予定です。

著者プロフィール

  • 小路幸也

    1961年北海道生まれ。広告制作会社を経て執筆活動へ。2002年『空を見上げる古い歌を口ずさむ』で第二十九回メフィスト賞を受賞しビュー。 「東京バンドワゴン」シリーズはベストセラーとなり、ドラマ化もされた。著書に『うたうひと』『さくらの丘で』『娘の結婚』『アシタノユキカタ』(以上すべて祥伝社刊)など多数。