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  • 十八 宇田巡(うためぐる) 巡査 2018年6月1日更新
「簡単には話せないってのはわかる」
 行成(ゆきなり)が言う。
「きっととんでもない秘密なんだろ? お前は墓場まで持っていくって決めているようなことなんだろう」
 そこまで思ってはいないけれども、当たらずとも遠からずなので頷(うなず)いておいた。
「しかしな、巡(めぐる)」
「うん」
「こうしてあおいちゃんはお前を見張っている警察官みたいな男を見つけてしまった。しかもお前は明らかにヤバい手口で家捜しされてる。その柳(やなぎ)っていう同期の男が純粋に仕事で動いているとしてもだぞ? 俺はドラマとかに毒されてるからそう思ってしまうんだが、このまま放っておいたら、あおいちゃんにまでその警察の中の闇の魔の手が伸びたりしちゃうんじゃないか?」
「闇の魔の手って」
 一応、警察なんだけどね。
「絶対にあおいちゃんに火の粉は降りかからないって約束できるか?」
 本当に真剣な顔をして行成は言う。
 それが、心底僕やあおいちゃんのことを心配しているんだっていうのは、わかる。
「約束したいけど、正直なところ柳が何を考えているのか、どうしてこんなふうに動いているのかがさっぱりわからないので、約束はできないね」
 たとえ柳が何らかの任務で動いているのだとしたら、あおいちゃんのような何の関係もない一般人を傷つけたり関わらせたりするはずがない。どんなに警察の中に闇のような部分があるとしても、そんなことは基本的にはしない。
 けれども、あおいちゃんが〈僕の彼女〉だと知ったのなら、いや、もう知っている可能性の方がかなり高いけれど、それなら話は別だ。
 つまり、あおいちゃんを使って何らかの良い結果が得られるのなら、遠慮なくこの件に関わらせるだろう。
「だろう?」
 行成が勢い込んで言う。
「じゃあ、何もかも話せ。話してくれ。そうすれば俺にだってできることがあるかもしれない。俺だけじゃない。あおいちゃんにもだ」
「でも誤解しないでおいてくれ。柳は、柳勇次(ゆうじ)は基本的には悪い奴じゃないんだ」
「警察官になるような男が基本的に悪い奴だったら困るぜ」
 だよね。
「もしも、柳が僕の持っている〈ある証拠〉を探していて、それを見つけようとしているのなら、確かにあおいちゃんやお前のところにまであいつはそっと忍び寄っていく可能性はある。忍び寄ったのがお前のところなら、たぶん何にも気づかれないで、もちろん証拠を見つけることもできないで、問題もなくあいつは離れていくだろうけど」
 行成が顔を顰(しか)めた。
「あおいちゃんは無理だろう。気づくぞ」
「気づくね」
 顔はもう知っているんだし。
 何よりも、そんなことをしようとする人間の〈気配〉を彼女は感じてしまう。わかってしまう。
「わかってしまったら、もしそれが柳が違法行為の最中に、つまり家捜ししているところに出会(でくわ)してしまったら、彼女の身に危険が及ばないとは断言できない」
「だろう?」
 大きく頷いた。柳の行為が発覚してはまずいはずだ。単純に今ここで僕がこの家の中で柳が家捜しした証拠を発見し、公表したら、それだけで大騒ぎになる。
「まぁその場合でも消されるのは僕だろうけど」
「消されるって!」
「言葉の綾だよ。実際に殺されるわけじゃない。どうあがいたっていろんな観点で分が悪いのは僕の方だって話だよ」
「お前で分が悪いのなら、あおいちゃんなんか」
「もっと悪いね。ひょっとしたら全部洗いざらい調べられて、彼女の特殊技能である掏摸(すり)の証拠を捏造(ねつぞう)されて、家族一同で当分の間、拘束されてしまうかもしれない」
「そこまでやるか」
 驚く行成に、溜息(ためいき)が出てしまった。
「今のは、かなりおとなしく表現をした」
 ものすごく嫌そうな顔を行成はする。
「つまり、お前の持っている〈ある証拠〉ってのは、何の罪もない一般人をこの世から消すことに何の躊躇(ためら)いも持たないほどに〈とんでもないもの〉ってことなんだな? だから、教えられないと」
「そういうこと。でもね、行成」
「何だ」
「柳がその〈ある証拠〉を手に入れたとしても、個人的にも監察としても何のメリットもないんだよ」
「メリットがない?」
 そう。まったくない。
「その〈ある証拠〉っていうのは確かに〈犯罪の証拠〉だ。それは間違いない。ただし、監察がその〈ある証拠〉を得たとしても何にもできないんだ。使えない」
「使えないってのは、あれか。警察内部の問題だからか」
 どうして行成はこんなに鋭いんだろう。
「はっきりとは言えないけど、とにかく表立っては使えない。だからそもそも手に入れようとする必要もないんだ。絶対に表には出ないってわかっているんだから。それなのに探しているっていうのは」
「その〈ある証拠〉そのものを、この世から消そうとしているってことだろ? ひょっとしたら向こうは証拠そのものがあるかどうかもわかっていないんじゃないのか? でも、お前が持っていると噂がある。だから一人でやっているんだきっと。見つからなくてもいいけれど、見つかったのなら速(すみ)やかにそれを消すんだ。そしてそもそもそれが〈ある証拠〉だってことを確認するためにはお前に訊(き)くしかない。確認するしかない。だから、お前と同期の柳くんが使われているってことじゃないのかひょっとしたら」
 感心して、頷くしかなかった。
 実家がお寺じゃなかったら、きっと行成は全然違う仕事をしていたと思う。それこそ警察とか。
「もしもこの件で警察を辞めることになったら、一緒に探偵事務所をやった方がいいかもしれないね」
「今、俺もそう思ってるよ。お前と一緒に組んだらどんな事件でも解決できるんじゃないかって気になってきた」
「確かにね」
 行成は僕よりも想像力があるかもしれない。犯罪捜査において想像力っていうのは本当に必要になるんだ。
「そのために柳が使われているっていうのは、確かに納得できるね。そこは思ってなかった。単に若手だからか、あるいは柳のスタンドプレイかなって」
「なんだスタンドプレイって」
「個人的にその〈ある証拠〉を手に入れて、出世か何かのネタに使おうとしているのかなって思った」
「マジか」
 行成が眼を丸くした。
「そういう男なのか」
「たぶん、そういう男だね。さっき悪い男じゃないと言ったけれど、それは本当だけど清廉潔白な男でもないよ。上昇志向の強い男だよ」
「公務員で上昇志向の強い奴なんざろくな人間じゃないだろう。将来は汚職で捕まるか汚職がばれずにトップに立つかのどっちかなんじゃないか」
「公務員としてはコメントしづらいけれど」
 まぁ言いたいことはわかる。
 行成が、唇を歪(ゆが)めながら腕を組んだ。
「スタンドプレイもあり得るのか」
「ない、とは言えない」
「お前の鋭いカンではどっちだ。誰かに命令されているのか、スタンドプレイなのか」
「そんなに鋭いカンは持ち合わせていないんだけど」
 でも、久しぶりに、デジカメのディスプレイ上で、柳の顔を見たときに思った。
「何をだ?」
「嫌な顔はしていないなって。つまり」
「嫌々やらされている任務じゃないっていうことか」
「たぶんでしかないけど」
 そんな気がする。
「きっと柳の胸の内には、この任務の必要性がしっかりとあるんだ。ということは、決して無茶をしない。きちんと遂行(すいこう)できるように慎重に慎重に進めているはず」
「その割にはすぐにバレたけどな」
 そこはしょうがない。
「まさか、あおいちゃんのような子がいるなんてことは誰も思わないよ」
 あおいちゃんと付き合ってよくわかったけれど、彼女の〈気配を読む〉っていう能力はもの凄く特別なものじゃないんだ。
 たとえば、耳が聴こえるとか、眼が見えるとか、場の空気を読むとかと、同じ類いのもの。
 あくまでも彼女にとっては、だけど。
 そして特別なものじゃないから、誰も彼女がその能力を駆使(くし)していることに気づかないでいる。
「浮気できないよな」
 それは前から行成がジョークで言っていたけど。
「それはまた別の話だよ」
「そういうもんか」
 そういうものだと思う。
「人間って都合のいい動物でさ。これは見えなくてもいいんだ、と脳が認識してしまったときには、たとえそのものが視界に入っていても、何も見えていないのと同じになってしまうものだよ。その理屈はわかるよね」
「わかるな。人間の眼ってのは単なるレンズで、見えているいないを判断するのは脳だってな。だから眼に入っているのに見えてないと脳が判断することもある」
 そういうこと。
「あおいちゃんの気配を読む能力も、それと同じだよ。常に気配は読めるんだけど、読まなくてもいいと脳が判断しているときにはまるでわからない。あの能力は必要なときに然(しか)るべき場所で発揮される。だから絶対的な信用を置けるんだ」
 うん、って行成が頷く。
「まぁ理解できる。ちょっと話がズレたが、結局のところお前は〈ある証拠〉については何も言えない」
「そうだね。現段階では」
「けれども、同期の柳くんがこれ以上深く接触してくるのはかなりマズイと認識しているから、何とかしなきゃならないと思ってる」
 その通りだ。
 何とかしなきゃならない。
「間違いないね。対策を講じなきゃならないと思う」
「その柳くんにはお前から連絡取れないのか。もし取れたらあっという間に解決じゃないのか」
「それが」
 そうもいかない。
「さっきも言ったように、あいつが今どこにいるのか僕には全然わからないんだ。連絡の取りようがない。しかも」
「何とか連絡を取ろうとしたり、捜そうとしたら、薮蛇(やぶへび)でどうにかなっちまう可能性の方が高いってか」
「そういうことになるね」
 今、どう考えても柳とこっそり連絡を付ける方法が思い浮かばない。
「じゃあ、柳くんがもう一度現れるのを待つしかないってか」
 行成がデジカメを持ち上げる。
 あおいちゃんに〈気配〉を読まれて撮影されてしまった柳。まさか写真を撮られたなんて思っていないだろうな。もしも撮られたと気づいたのなら、確実にこのデジカメを回収しに来ているはずだ。
 本当に凄いなあおいちゃんは。
「仮にまた現れても、僕に発見されるようなヘマはしないよね。実際、あおいちゃんだからこうやって見つけられて撮影されたんだから」
「だよな」
 どうする? って行成が顔を顰める。
「ひとつだけはっきりしてるのは、僕と柳が顔を合わせて話ができれば、それで何とか終わらせることができると思うんだけどね」
 でも、それがいちばん難しいってことなんだ。
 二人で溜息をついたときに、行成のiPhoneが鳴った。
「公太(こうた)だ」
 ディスプレイに〈市川(いちかわ)公太〉の文字。
 公太か。
「おう、どうした」
 行成が電話に出る。
「うん。巡のところにいるぞ。いや、ちょいとばかり、男同士の真剣な話をしている最中だ。うん、え?」
 行成が眼を丸くしながら僕を見た。
 驚いている。
「マジか!」
 何だ。
 何があった。行成は右の手の平を広げて、待て、という仕草をする。待て、ってことは事件とか犯罪じゃないってことだな。
 でも、プライベートでそんなに驚くって何だろう。
「浜本晋一郎(はまもとしんいちろう)さん? おいちょっと待て」
 浜本晋一郎さん?
 その人は、元警察官のあの人の名前。じいちゃんには世話になったって、この間、交番に会いに来てくれた人じゃないか。
「知ってるって! 元は交番にいた警察官だろ? 俺は〈東楽観寺(ひがしらっかんじ)〉の副住職だぞ。〈東楽観寺前交番〉に勤務した人のことなら全部把握(はあく)しなきゃならない立場の人間だ」
 知ってるのか行成。
 っていうことは、浜本晋一郎さんもここに勤務したことがあるのか。それは聞いていなかったけど。
 いや、どうして公太がその人のことを知っているんだ。
「うん、うん、いや待て待て公太。何でそんなに話がとっ散らかっているんだ。どうしてお前がそれを知ってるんだ。うん。うん。浜本さんが? ある人? あおいちゃんとも知り合いなんだな。うん、うん」
 行成の顔がこれ以上ないってぐらいに真剣なものになっている。いったい何の話になっているのか。
「わかった。ちょっと待て」
 iPhoneをずらして僕を見る。
「巡。今度の非番か休みはいつだ」
「明日休みだよ」
 休日だ。何かとんでもない事件でも起こらない限り、朝から夜まで自由だ。
「ひょっとしてあおいちゃんと会うのか?」
「その予定だったけど」
「公太。ナイスタイミングだ。明日は巡は休みだ。もちろんあおいちゃんとデートする約束をしている。あおいちゃんはまだ知らないんだな? あぁもちろん杏菜(あんな)も。じゃあ、詳細は浜本さんと、そのあおいちゃんの知り合いの誰かさんで詰めてくれるんだな? どっちにしろ皆が集まるんだろ?」
 皆が集まる?
「わかった。じゃあ、頼む。時間を教えてくれ。電話を待ってるから」
 iPhoneを切った。
 行成が、首を捻(ひね)った後に、何かに納得するように頷いてから少し笑った。
「とりあえずだな」
「うん」
「あの化け物とドローンの関係は、明日はっきりするみたいだ。事件性はまったくない。むしろいい話らしい」
「え?」
 いい話?
 いい話なのか?

(つづく) 次回は2018年6月15日更新予定です。

著者プロフィール

  • 小路幸也

    1961年北海道生まれ。広告制作会社を経て執筆活動へ。2002年『空を見上げる古い歌を口ずさむ』で第二十九回メフィスト賞を受賞しビュー。 「東京バンドワゴン」シリーズはベストセラーとなり、ドラマ化もされた。著書に『うたうひと』『さくらの丘で』『娘の結婚』『アシタノユキカタ』(以上すべて祥伝社刊)など多数。