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  • 二十二 楢島(ならしま)あおい マンガ家 2018年7月15日更新
 さくらさんにお礼をしなきゃ、って巡(めぐる)さんが言ったので、二人で会いに来た。さくらさんが好物だって言っていたおまんじゅうをたくさん買って。
「お礼なんてぇものはいいさ」
 でも、そのおまんじゅうは嬉しいねって。
「どれ、じゃあ美味しいお茶を入れようかね」
「あ、私が」
「いいよいいよ。二人で座ってなさい」
 さくらさんの家に猫が増えたんだ。まるであのアプリみたいに、来る度に庭に集まってくる猫の数は増えている。
「また猫、増えたよね」
「そうなのさ」
 さくらさんが急須(きゅうす)と湯呑(ゆの)み茶碗を持ってきて苦笑いした。
「タビをこの家に上げてからっていうもの、どんどんやってくる猫が増えているんだよね。どうしたもんかね」
「保護猫の活動をしている人たちがいますけど、連絡してみますか?」
 巡さんが言ったら、さくらさんは首を横に振った。
「まだいいよ。見たところ、半ノラの連中が多いみたいだからね。大方、このタビの顔が広かったんじゃないのかい」
「タビがここに来るから、皆が集まってくるのかな」
「そんな感じじゃないかい」
 猫は好きだからいいさってさくらさんは笑った。
「ただし、あれだね。はい、お茶」
「あ、いただきます」
「おもたせだけど、まんじゅうも食べとくれ。こんなに一人じゃあ食べ切れないからね」
「いただきまーす」
 もちろん、そのつもりで買ってきたから。
「あたしがコロッと逝(い)っちまったり、あるいはどうにも動けなくなっちまったら、この連中の行き先を何とかしておくれよ。宇田のお巡りさんもよろしくね」
「わかりました」
 巡さんも猫が好きだから大丈夫。私の家でもその気になれば二、三匹は何とかなる。
「それで、さくらさん」
 巡さんが座布団を外して座ったので、私もそうした。
「はいよ」
「今回の件でいろいろとお骨折り頂き、ご面倒をお掛けしてしまって、申し訳ありませんでした」
 頭を下げるので、もちろん私も一緒に頭を下げたら、さくらさんが可笑(おか)しそうに笑うのが聞こえてきた。
「よしとくれよ。まぁいいけどさ。あおいちゃんもさ」
「はい」
「あんた方、まだ夫婦でもないのにすっかり恋女房みたいな雰囲気じゃないか」
「あ、いやそんな」
 照れる。思いっ切り顔が赤くなってしまった。
「嬉しいね。できればあたしが結婚式に出られるうちにやっとくれよ。もう決まったのかい?」
「いや、とんでもない」
 巡さんが笑った。
「まだ彼女は二十歳(はたち)前ですし」
「年は関係ないさ。どうせあれだよ。人気のマンガ家になっちまったら修羅場(しゅらば)続きでにっちもさっちもいかなくなるさ。さっさとしちまった方がいいよ」
「考えておきます」
 そうなんだ。二人で話していないわけじゃないんだ。巡さんは、プロポーズじゃないけど、って言いながら真剣にそれは考えて交際するって言ってくれてるし、私もそのつもりなんだけど。
「それで、さくらさん」
「はいな。あのお友達のことだろう? 柳くんだっけ?」
「そうです」
 安心おし、ってさくらさんは言った。
「あの件で柳くんの将来に傷がつかないようにって釘は刺しておいたよ。あたしの眼の黒いうちは大丈夫さ。そもそもね」
「はい」
 さくらさんが、ニヤリって笑った。
「あんたの持ってるあの証拠ってやつが炸裂(さくれつ)しちまったら、あたしがよっく知ってるあいつのところにだって火の粉が飛んでくるんだろうさ。そりゃあもう必死で何とかするさ」
「あいつというのは、もちろん僕には」
「言えないよもちろん。ただ、宇田の源一郎さんは知っているけどね。源一郎さんはどうだい? 相変わらずかい」
 巡さんが頷いた。
「この間も会いに行ってきましたけど、ときどきスイッチが入るみたいに普通になるんですが、それ以外は全然」
 そうかい、ってさくらさんは少し哀しそうな顔をした。
「会いに行きたいんだけどねぇ。あたしが顔を出したらあの人は昔を思い出して、しゃきっとするかもねぇ」
「仲良しだったんですよね!?」
 言ったら、笑った。
「仲良しじゃないけどねぇ。宇田の源一郎さんは怒るだろうさ。『憎まれっ子世に憚(はばか)る』ってのは本当だなってね」
 それはないと思うな。巡さんのおじいさんのことを話すときのさくらさんは、本当に嬉しそうなんだもん。
「あおいちゃんさ」
「はい」
「あんたも、随分と余計なもんを背負っちまったけど、大丈夫かね心持ちは」
「大丈夫です」
 それは、本当に。
「最近、何だかわかってきたんです」
「何をだい」
「先輩のマンガ家さんが言っていること。〈マンガ家は、生きること全てがネタ〉って。だから、私は巡さんと暮らしていく限り、ネタには困らないなって」
さくらさんが頷いた。
「まぁ、そもそもあんたたちは天才平場師(ひらばし)とお巡りさんっていう危ない関係だからね」
「そうですそうです」
「いや、そこは納得しないように」
 三人で笑ったら、猫ちゃんたちが何事かって皆でこっちを見てた。

(完) ご愛読ありがとうございました。この作品は2018年10月に単行本として刊行予定です。

著者プロフィール

  • 小路幸也

    1961年北海道生まれ。広告制作会社を経て執筆活動へ。2002年『空を見上げる古い歌を口ずさむ』で第二十九回メフィスト賞を受賞しビュー。 「東京バンドワゴン」シリーズはベストセラーとなり、ドラマ化もされた。著書に『うたうひと』『さくらの丘で』『娘の結婚』『アシタノユキカタ』(以上すべて祥伝社刊)など多数。