物語がつまった宝箱
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  • 4th marriage(2) 2018年1月15日更新
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 そりゃあしょうがない、と志保(しほ)が大声で言った。思わずこよりはスマホから耳を離した。
 夜九時、帰宅していつものように作りおきのアイスハーブティーを飲んでから、志保に電話を入れた。孝司(たかし)のことを話せる相手は他にいない。どうにも落ち着かない自分の気持ちを整理するためには、志保の意見が必要だった。
「こよりはマリッジブルーなんだよ。そんなの、自分でもわかってるでしょ? あたしより、よっぽど詳しいはずだけど」
 志保の声に重なって、子供たちの叫ぶ声が聞こえた。ゲームでもしているのか、結構なボリュームの音楽も流れている。
「うちみたいに出来婚だと、マリッジブルーも何もないけど」静かにしなさい、と志保が何かを叩く音がした。「誰でもそうなるって教えてくれたのはこよりだよ。いろいろ思い悩むのは、仕方ないんじゃないかな」
 あっさり言わないで、とこよりはグラスにハーブティーを注(つ)ぎ足した。あんたが言ってたことをそのまま言ってるだけ、と志保が笑った。
「誰でもかかるハシカなんでしょ? 別にウェディングプランナーだから、免疫があるってわけじゃないでしょうに。孝司くんのことが気になるのはわかる。あたしもこの前会って、びっくりしたもん」
「驚いたのは、そうなんだけど……」
 彼も彼だよね、と志保が言った。
「日本に帰ってるなら、連絡ぐらいしなさいって。五年ぶりの再会は、サプライズにしても結構重いよ。動揺するのも無理ないって」
 動揺はしていないと言ったこよりに、そこは追及しないけど、とまた志保が笑った。
「五年前、彼と別れるって決めた時、何度も電話をかけてきたよね。別れるっていっても、嫌いになったとか、そういうことじゃなかった。彼と一緒にフランスへ行くって選択肢もあった。悩むのは当然で、真剣に彼のことを考えてたのはわかってる」
「うん」
 でも、それは昔の話、と志保が手で何かを叩く音がした。
「結婚を意識していた男性のことを忘れられる女なんていない。だけど、こよりは彼と別れて、幸雄(ゆきお)さんと出会い、結婚するって決めた。このタイミングで孝司くんが日本に戻ってきて、こよりの前に現れたからって、それが運命的な何かだと思ってるんなら、違うんじゃないかな。世の中、そんなにドラマチックじゃないよ」
 うるさいよ、と志保が脅(おど)すように言った。子供たちの声がぴたりと止まる。これが現実、と志保が落ち着いた声で言った。
「余計なことはいいから、幸雄さんとの結婚のことだけ考えてればいいんだって。結婚は女にとって人生最大の決断だから、誰だって迷う。あたしなんか、妊娠したって悩んだもん。でも、なるようにしかならない。どうしてうちのと結婚したんだろうって、今でも後悔することがある。それでも何とか回っていく。それが現実ってもんじゃない?」
 いつからそんなに強くなったの、とこよりはため息をついた。高校の時から知っているが、昔はどちらかといえば他人についていくタイプだった。結婚したからなのか、それとも母親になったからなのか。
 そうでもないけどね、と志保が言った。妙な迫力を感じて、こよりは口を閉じた。

6
 火曜、水曜とこよりは休みだった。
 火曜は幸雄と会い、ウェディングケーキのデザインを決めた。選択の幅を狭(せば)めるところまではやったのだから、最後は幸雄が決めればいいと思っていたが、どうやら残していた十タイプのデザインでは、まだ絞り込みが足りなかったらしい。
 近年、ウェディングケーキのデザインはますます複雑になっている。ケーキ本体そのものに大差はないが、キャンドルやデコレーションなどの組み合わせは無限と言っていい。
 幸雄が首を捻(ひね)る時間が長く続いた。単純に、どれを選べばいいのか、わからないのだろう。そういう慎重な性格が好きだったが、悪く言えば決断力に欠けるとも言える。
 過去、交際していた男性の中で、幸雄ほど食事のメニュー決めが遅い者はいなかった。ラーメン屋に入って、醤油、味噌、塩だけで十分も悩む男はめったにいない。幸雄はその稀(まれ)な例外だった。
 こよりの判断で決めてしまえば速いのだが、何から何までというのは負担だし、はっきり言って重荷だった。披露宴の重要なポイントであるウェディングケーキの決定は、新郎の幸雄がするべきだろう。
 結婚式に新婦の意向が強く反映されるのは、どのカップルも同じだ。常識として、結婚式は新婦のためにあると全男性の頭に刷り込まれているから、そこは幸雄だけの責任とは言えない。
 ただ、今後のことを考えれば、何でもあたしが決める、というわけにはいかなかった。結婚式そのものもそうだが、結婚生活とは二人が協力して営んでいくものだ。
 どちらかが依存する一方では、長く続かない。過去、千組の成婚カップルを見てきたこよりには、現実がよくわかっていた。
 ああでもない、こうでもないとカタログを引っ繰り返していた幸雄が、最終的にデザインを決めたのは、二時間後のことだ。最もシンプルで、飾りも最小限、オーソドックスなデザインだが、幸雄に決めさせることが重要だと考えていたので、こよりも満足だった。
 ウェディング会社に勤務する者が口にすることではないが、正直なところ、特別な事情がない限り、ウェディングケーキの味自体はそれほど変わらない。あくまでも結婚式を象徴するアイテムであって、味わうものではない。
 かつてバブル期には、三メートル、五メートル級のウェディングケーキがあったという。世代的にも、こよりはほとんど見たことがなかったが、どんなに大きくても、どんなに豪華でも、どんなに材料にこだわっても、ケーキそのものの品質はさほどよくならない。
 もしウェディングケーキに味を求めるなら、専用のパティシエがいるレストランウェディングを選ぶしかないが、“シェ・イザワ”クラスの店でも「ウェディングケーキ作り」に特化したパティシエはいなかった。
“シェ・イザワ”のパティシエは、海外の大会で賞を何度も獲(と)ったことのある優秀なベテランの女性だが、どんなに高い技術を持つパティシエでも、本格的な味と形を兼ね備えるウェディングケーキを作るのは難しい。
 厳密な意味で、ウェディングケーキはデザートとは言えない。少なくとも、パティシエが作るものではないのだ。
 それならウェディングケーキなど必要ないのではないか、と言う者もいるだろう。実はこよりもそう思っている。
 ただ、招待客に見せる、あるいは披露宴の象徴として、マストなアイテムだった。ウェディングケーキがなければ、レストランウェディングといっても、ただの食事会と同じになってしまう。それは大袈裟だとしても、ある種の儀式なのだから、形式としてなければならないものであることは間違いなかった。
 幸雄と軽く食事をして、その日はそれで別れた。水曜は幸雄の出勤日なので、遅くまで一緒にいることはできない。
 幸雄と別れた後、ひと晩かけて考えた。ウェディングケーキについてではない。孝司のことだ。
 今後も、仕事で顔を合わせることになる。孝司と過去に交際していたが、今は何の関係もない。それをはっきりさせるべきだ、というのが結論だった。そのためには、会わなければならないだろう。
 唯一不安なのは、自分の心の揺れだった。思い返すと、試食会の時、突然現れた孝司に、驚きがあった。
 日本に戻っていることを知らされていなかったから、驚かない方がおかしいし、おまけに隣には婚約者の幸雄がいたのだ。
 だから、あの時驚いたのは当然だと自分自身に言い訳していたが、本音を言えばはっきり動揺していた。五年ぶりの再会という理由だけで心が揺れたのか、そこがわからなかった。
 直接会って、六月末に幸雄と結婚する、と改めて自分の口から報告するべきだ。そこで感情が動かなければ、迷いなく幸雄との結婚式に向かって進んでいくことができる。
 決心がついたのは水曜の夜中で、その時間に電話をかけるのは非常識だとわかっていたから、そのままベッドに潜(もぐ)り込んだ。なかなか寝付けなかったのは、一日中頭をフル回転させていたからだ、と何度も自分に言い聞かせているうちに、ようやく眠りに落ちた。
 寝不足の頭を抱えて、木曜の朝出社した。提携関係にある“シェ・イザワ”のスーシェフとはいえ仕事中にプライベートな連絡を取るわけにはいかない。
 ランチタイムになったら電話しようと決めて、戸狩洋一(とかりよういち)と恒松奈美恵(つねまつなみえ)の結婚式キャンセル問題をどう解決するべきか考えていたところに、お客様がお見えですと内線電話が入った。
 予定にはなかったが、名前を聞いてすぐ応接室へ向かった。ドアを開くと、こよりさんと立ち上がった金沢(かなざわ)エリカが駆け寄ってハグした。その後ろで、夫の博巳(ひろみ)が頭を下げている。
 二人は三年前、こよりがウェディングプランナーを務めた夫婦だ。エリカはこよりの二歳下だから、結婚した時は二十七歳だった。
 偶然だが、こよりと同じ中学の出身だったため、新婦とプランナーという域を超えて親しくなった。結婚式が終わってしまえば、新郎新婦とウェディングプランナーの間には何の関係もなくなるが、人生最大のイベントだから、その後友人となる者も多い。エリカはその中でも特に親しい関係だった。
 連絡を取り合い、一緒にお茶を飲むこともあれば、エリカがベストウェディング社を訪れることもあった。お互い近況を報告している。この半年ほど会っていなかったが、久しぶりという感じはしなかった。
 金沢夫妻のように、年に一、二度ベストウェディング社を訪れる者は少なくない。やはり結婚式には感慨深いものがあるのだろう。
 ご無沙汰しています、とこよりは博巳に頭を下げた。エリカとは何度も会っているが、夫の博巳と顔を合わせたのは二年ぶりだ。
 前はかなり痩せていたが、三十代半ばに達したためなのか、恰幅(かっぷく)が良くなり、貫禄もついていた。勤めている不動産会社で課長に昇進したとエリカから聞いていたが、それも含め結婚生活がうまくいっているのだろう。福々しい笑みには、かけらも嫌みがなかった。
 結婚した翌年、エリカは専業主婦になっている。今日は彼が休みなので、台場へランチのために来たという。どこから見ても円満な夫婦で、そうでなければわざわざ二人揃(そろ)ってウェディング会社へ来るはずもない。
 三組に一組が離婚する時代だ。こよりがプランナーを担当した夫婦の中にも、別れてしまったカップルは少なくない。直接聞かなくても、そういう噂は何となく伝わってくるものだ。
 だが、金沢夫妻のようにいい関係を続けているカップルも多い。そういう夫婦が訪ねてきてくれるのは、ウェディングプランナーとして嬉しかった。多くのプランナーが現場から離れることを拒否するのは、達成感と喜びがある仕事だからなのだろう。
 エリカ自身の近況は聞いていたが、同じようにこよりの側も伝えている。結婚おめでとうございます、とエリカが笑みを浮かべた。
「六月末だよね? 二次会呼んでよ、行きたい行きたい」
 ぜひいらしてください、とこよりは答えた。外で会う時は、もっとラフな話し方をするが、今は会社内にいるので、そういうわけにもいかない。
 それからしばらく世間話が続いたが、相談したいことがあるの、とエリカが言った。
「あのね……ええと、どこから話せばいいのかな」
 視線を向けられた博巳が、再来週の日曜、ぼくの妹がこちらの紹介で結婚式を挙げるんですと説明した。聞いています、とこよりはうなずいた。
 去年の十月、エリカから直接電話が入り、博巳の妹が結婚することになったので、ウェディングプランナーを務めてほしいと頼まれた。もう七カ月ほど前になる。
結婚式のプロデュースを担当した夫婦の親族、友人が、紹介でウェディング会社を訪れるのはよくある話だ。結局、口コミの評判が一番重要になってくるのは、どこの業界でも同じだろう。こよりとエリカの間には信頼関係があったから、プランナーを依頼されるのも当然と言える。
 すぐに博巳の妹、金沢美由希(みゆき)と婚約者の長谷部英春(はせべひではる)と会った。こより自身が担当するつもりだったが、二人が希望する日取りは美由希の誕生日、翌年の五月十九日だった。何らかのアニバーサリーに結婚式を挙げたいと希望するのは、これもまたよくある話だ。
 その日程に問題はなかったが、前から決まっていたこよりの大学の後輩の結婚式がまさにその五月十九日で、こよりはウェディングプランナーを務めることになっていた。プランナーは式に立ち会うので、掛け持ちはできない。
 そのため、美由希と長谷部には牧原和佳子(まきはらわかこ)というプランナーを紹介した。二歳上の先輩で、経験値も高く、有能な女性だ。加えて、まだこよりのアシスタントだった久美もフォローにつけた。
 そんな経緯から、美由希と長谷部の結婚式の担当は牧原になっている。自分の担当案件ではないので、細かいところまでは聞いていなかったが、問題なく進んでいるということはわかっていた。
 二カ月前、予定通り二人の結婚式が五月十九日に行われると牧原から教えてもらったが、それ以上詳しい話はあえて聞かなかった。必要がない限り、ウェディングプランナーは情報の交換をしない。個人情報に関する事柄があるので、その辺りは慎重に取り扱わなければならない。
 今年に入り、こよりの後輩カップルが、新郎が別の女性と交際していたことが発覚し、結婚式を中止していたので、こより自身のスケジュールは空いたのだが、既に牧原がウェディングプランを固めていたので、今さらあたしがやりますというわけにもいかず、そのまま牧原が担当を務めている。何かあったのだろうか。
「妹の結婚式自体は、全然問題ないんです」博巳が笑みを浮かべながら説明を続けた。「草野(くさの)さんに紹介していただいた牧原さんに、細かいところまでチェックしていただき、準備はすべて終わっています。妹夫婦は……まだ夫婦じゃないですけど、二人とも素敵な結婚式になると喜んでいます。後は本番でアクシデントが起きないことを祈るだけですね」
 牧原なら大丈夫です、とこよりはうなずいた。「ノーミスの女王」と呼ばれ、時間と進行管理はコンピューター並の正確さを誇っている。滞りなく式は進むだろう。
 だから、それはいいわけとエリカが横から言った。
「美由希ちゃんたちのことは、ベストウェディング社さんと牧原さんに全部お任せしてるの。ただ、相談っていうかお願い事っていうか……これはちょっと、こよりさんと話さないとダメなんじゃないかって、あたしは思ったわけよ」
 性格はいいが、コミュニケーション能力にやや難があるエリカが一方的に話し始めた。
「あたしのおじいちゃんとおばあちゃんのことは、こよりさんも覚えてるでしょ? 披露宴で乾杯した時、シャンパン飲んで引っ繰り返ったあの二人よ」
 もちろんです、とこよりはうなずいた。引っ繰り返ったというのは大袈裟だが、結婚式のひと月ほど前に体調を崩し、入院していたエリカの祖父が、孫の結婚式にはどうしても出席したいと医者を説得し、披露宴会場まで来たのはよかったが、最初の乾杯でシャンパンをひと口飲んだだけで、気分が悪くなって退席していた。
 祖母もそれに付き添い、式場から病院に直行している。一応、エリカのウェディングドレス姿を見ているので、本人たちは満足していたと後で聞いた。
「それでね、あたしも最近知ったんだけど、あの二人は結婚式を挙げてなかったんだって」エリカが話を続けた。「おじいちゃんとおばあちゃんは、今年七十六歳だったっけ? 戦争中に生まれて、昭和三十五年に結婚してるの。二人とも十八歳で、若かったし、詳しいことはわかんないけど、結婚式どころじゃなかったんじゃない?」
 かもしれませんね、とこよりはメモを取った。エリカの祖父母については一度しか会っていないし、何も知らないに等しかったが、その世代だと正式な結婚式を挙げていない者が少なくないという知識はあった。
 経済的な事情や、仕事が忙しくて時間がなかったなど、理由はさまざまだが、珍しくはなかったはずだ。こよりの祖父母も記念写真が一枚残っているだけで、結婚式は挙げたのだろうが、今でいう家族婚に近いものだったと聞いている。
 うちのおじいちゃんとおばあちゃんには写真もない、とエリカが口を尖(とが)らせた。
「二人とも絶対に言わないんだけど、どうやら駆け落ちしたみたいなのね。おじいちゃんの実家は熊本なんだけど、あたしは一度も行ったことがない。よっぽど何かあったんじゃないかって想像はつくけど、とにかく何を聞いても口をつぐんで答えないの」
「もしかして……エリカさんはおじいさまとおばあさまの挙式を考えてる?」
 そこまでは考えてない、とエリカが手を振った。
「だけど、何ていうか、記念写真ぐらいあってもいいんじゃないかって……結婚して五十五年以上とか、それぐらい経ってる。今さらそんなことしてどうするんだって思うかもしれないけど、何も残ってないのって寂しくない? 特におばあちゃんは、花嫁衣装ぐらい着たかったって思うんだよね」
 ざっくり言いますと、祖父母の記念写真の撮影をお願いしたいと思ってるんです、と博巳が言った。
「エリカに話を聞いて、おじいさんとおばあさんへの孝行になると思いましたし、ぼくたちが結婚したのも、考えてみればおじいさんおばあさんが結婚したから、孫になる彼女が生まれたわけで、ぼくも感謝しています」
「はい」
「もちろん、挙式だ披露宴だ、そんなことは本人たちの年齢を考えると、難しいとわかっています。二人とも、あまり体調が良くなくて、二時間三時間の長丁場は厳しいでしょう。ただ、エリカが言うように、タキシードでも着物でもいいんですが、写真の一枚ぐらいはあった方がいいんじゃないかと」
 よくわかります、とこよりはテーブルのお茶をひと口飲んだ。高齢化が進んでいるためもあるのだろうが、最近は銀婚式、金婚式、ダイヤモンド婚などの依頼も多い。
 本人たちを含め、子供、孫、ひ孫、親戚などが集まってレストランで食事会を開くのが一般的だが、その手配をウェディング会社に頼んでくる家族が増えている。
 中には、改めて挙式をしたいとリクエストされる場合もある。最近こより自身が担当したのは、六十歳で会社を定年退職した夫と、ハワイで結婚式を挙げたいという妻からの依頼だった。
 この夫婦の場合、三十五年前に結婚した時、ハワイで式を挙げる予定になっていたが、事情があって断念せざるを得ず、小さなホールで式を挙げただけで終わっていた。だが、妻としてはハワイ婚に強いこだわりがあったのだろう。
 夫の定年と三十五年目という節目を迎え、どうしてもハワイで式を挙げたいと申し込んできたのだが、女性とは過去を忘れないものだとこよりは感心していた。程度の差こそあれ、そんな例は枚挙に暇がない。
 銀婚式だと家族の食事会だけということが多いが、金婚式ともなると親戚や友人たちを招いて、それなりの規模でパーティを行うこともある。老人が元気になっている、ということなのかもしれない。
「さっきも言いましたが、祖父母の体調を考えますと、そこまではできませんが」写真撮影ぐらいなら問題ないでしょう、と博巳が言った。「妹と婚約者には、ぼくから話して了解を取っています。二人はキリスト教式を挙げるんですが、それが終わった後にでも、祖父母の撮影をすればいいんじゃないかと」
 ご本人たちが了解しているのであれば問題ないと思います、とこよりは答えた。それほど時間がかかるとは思えないし、ハードルとしては低い。
 ちょっとだけ厳しいところがあるの、とエリカが肩をすくめた。
「あたしのおじいちゃん、おばあちゃんでしょ? ヒロくんの妹さんとは、ぶっちゃけ血が繋がっていないわけだし、妹さんたちも二人は招待してなかった。だから、当日は礼服とかに着替えさせなきゃならないんだけど、どうすればいいのかわからなくて」
 これはエリカの考えなんですが、と博巳が苦笑を浮かべた。
「おじいさん、おばあさんには記念写真の撮影を秘密にしておきたいって言うんです。要するにサプライズを仕掛けたいってことなんですが……七十代半ばですから、それが本人たちにとっていいのか悪いのか、正直言ってぼく個人はどうかと――」
 サプライズの方がいいって、とエリカが博巳の肩を押した。
「その方が本人たちだって思い出になるし、うちの親だって孫のあたしだって、忘れないでしょ? あたしが七十、八十になった時、孫がそんなことをしてくれたら嬉しいもん」
 そこは何とも言えないな、と博巳が冷静な声で言った。
「サプライズはいいけど、おじいさんは心臓が悪いんだ。無茶をすると、大変なことになってしまうかもしれない。記念写真の撮影をするのは賛成だけど、ちゃんと話して本人たちの了解を取った方がいいんじゃないか?」
 うちのじいちゃんはそれぐらいじゃ死にません、とエリカが笑った。
「こよりさん、どう思う? ヒロくんの妹さんと、彼氏さんはオッケーしてる。時間はそんなにかからないはずだし、手間だってたいしたことないでしょ? 費用はうちが払うし、ベストウェディング社さんや式場には迷惑がかからないと思う。だから、その辺は大丈夫なんだけど、後はサプライズにするのかどうかだけで……プロの判断が聞きたいの」
 気持ちはわかります、とこよりはうなずいた。
「一般的に言えば、サプライズの方がおじいさま、おばあさまにもいい思い出になると思います。ただ、挙式に招待していないのに、礼服を着せるのは難しいでしょう。それより、今からでもお二人を式に招待してはどうですか? そのまま写真を撮影する流れにした方が、スムーズだと思いますが」
 そうすればよかったんだよね、とエリカが首を傾げた。
「ホント、こよりさんの言う通り。招待しておけばよかったんだけど、最初はそんなこと何も考えてなかったから、ヒロくんの妹さんが結婚するけど、来ないよねって言っちゃったんだよね。実際、妹さんたちも呼ぶ予定はなかったんだけど」
 それは仕方ないでしょう、とこよりは言った。親戚一同全員を式に呼ぶことは、それほど多くない。孫の義理の妹、という関係では、呼ばれない方が普通だ。
「何しろ一回も会ったことがないし、血も繋がってないから、本人たちも行くつもりはないって。それで話は終わっちゃって、やっぱり来てよって、今さら言うわけにもいかなくなっちゃったの」
 二週間前の今になって、いきなり呼んだら、おかしいって思うでしょ、とエリカがため息をついた。
「おじいちゃんはともかく、おばあちゃんが鋭いんだよね、そういうの。何か変だって、絶対気づく。そしたらサプライズにならなくなるでしょ」
 サプライズにしたいというエリカの考えは理解できたし、二人で会った時にも、祖父母への感謝を口にしていたが、それだけ大切な存在なのだろう。
 どうせなら一生の思い出になることを二人のためにしたい、と考えているのはよくわかるし、こよりもその方がいいかもしれないと思った。ただ、現実的にはハードルが高いのも確かだ。
「牧原と赤星(あかぼし)に話してみます」何かいい手があるかもしれません、とこよりは応接室の内線電話に手を伸ばした。「もう少し詳しい状況がわからないと、わたし一人の判断ではちょっと……少々お待ちください。二人とも社内にいるはずですので」
 もしもし、という久美の声が受話器から聞こえた。草野です、とこよりは言った。
「ちょっと応接室に来てほしいの。牧原さんはいる? 二人一緒の方が話が早いんだけど」
 はいはーい、と元気のいい声がして、通話が切れた。うまくいくといいな、とエリカが笑みを浮かべている。そうですね、とこよりはメモを取りながらうなずいた。

(つづく) 次回は2018年2月1日更新予定です。

著者プロフィール

  • 五十嵐貴久

    1961年東京都生まれ。成蹊大学文学部卒業。2002年『リカ』で第2回ホラーサスペンス大賞を受賞し、デビュー。警察小説から青春小説まで幅広くエンターテイメント小説を手掛ける。著書に『For You』『リミット』『編集ガール!』『炎の塔』(以上すべて祥伝社刊)など多数。