物語がつまった宝箱
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私は1971年9月生まれです。
8歳から18歳の多感な時期を過ごしたのは、1980年代。
来年でちょうど仕事を始めて30年の節目を迎えるにあたり、この連載で今の自分を作ってくれた大好きなもの、ことを、超個人的な思い出とともにふりかえっていきたいと思っています。
懐かしんでもらったり、ぜんぜん知らなかったり、50歳のイラストレーターのつぶやきにおつきあいいただけたらさいわいです。

  • BUNKAYA ZAKKATEN  文化屋雑貨店 2022年5月1日更新
雑貨ブームたけなわの1980年代なかば。 カフェオレボウルやデュラレックスのグラスなど、 それまで見たことのなかったフランス雑貨を扱っていた「F.O.B COOP」に、 まだ店舗の少なかった「アフタヌーンティー」。 アルミトレイの時計やペンギン柄のカップが大人気だった、吉祥寺「ペンギンカフェTWO」。 杉並のしがない中学生の私には、雑誌で見るだけのお店がほとんどだったけど、 実際熱を入れて通ったのが中国雑貨の「大中」と、「文化屋雑貨店」。 今でもキッチュなテイストの雑貨が好きなのだけど、 その礎(いしずえ)を作ったのがこの2つのお店。 「大中」は一番近場の繁華街だった吉祥寺にもあって、身近な存在。 「文化屋雑貨店」は渋谷のファイヤー通りにあり、 出かけていくのは15歳の私にはかなりの冒険でした。 当時趣味の合う友達はおらず、行くときはだいたい一人だったから、余計に。 いわゆる中2病、「変わってるね」と言われるのが最大のよろこびだったころ。 自分だけの世界があることが、誇らしくもあったっけ。
2階建ての古い木造アパートの一階部分、 お店は2軒に分かれており、行ったり来たりするのが楽しかった。 日本のデッドストック、中国、南米、インドなどからやってきた ユニークな雑貨が山と積まれた薄暗い店内。 セルロイドの筆箱、レトロなブローチ、インドの教材ポスターなど、 少ないおこづかいでちまちまと買ったものです。 その後自分で旅をするようになり、大よろこびで買っていたなぞのミニ人形と テキサス州のメキシカンタウンで再会したり、 スリランカの書店で、「文化屋」を思い出しながらインド製の英語教材を買いあさったり。 20代、30代になっても(50代の今も)、基本的に好きなものは変わらないのでした。 「文化屋雑貨店」は80年代のおわり、1989年に原宿・神宮前に移転。 新店舗にも行っていたけど、 憧れと緊張と宝探しの興奮ではちきれそうだった、 魔窟のようなファイヤー通りのお店は 私にとってずっと特別な存在。
*ナゴムギャル 「有頂天」のケラ(現ケラリーノ・サンドロヴィッチ)が主宰する「ナゴムレコード」所属のアーティストのライブに出入りする、少女たちの総称。ツインテールにニーハイソックス、ラバーソールなど、奇抜ないでたち。

1974年渋谷・ファイヤー通り沿いにオープン。 1989年原宿・神宮前に移転。2015年、実店舗は惜しまれつつ40年の歴史に幕を閉じた。 今もイベントや、神保町「(元)鶴谷洋服店」、鹿児島「生活雑貨デシリットル」、香港・旺角の「香港文化屋雑貨店」などで、きいちぬりえのポーチやヒョウ柄の食器など、オリジナルグッズを買うことができる。 文化屋雑貨店本店ツイッター https://twitter.com/bunkayazakkaten 写真:ゴム部分はもうないけど、おもちゃの時計はブレスレットにしてた。王冠は表彰盾にくっついているやつですね

(つづく) 次回は2022年6月1日更新予定です。

著者プロフィール

  • 杉浦さやか

    日本大学芸術学部在学中に、イラストレーターの仕事を始める。独特のタッチと視点のイラスト&エッセイが、読者の熱い支持を集めている。イラストのかわいらしさはもちろん、文章のうまさにも定評がある。著書に『ひっこしました』『ニュー東京ホリデイ』『世界をたべよう!旅ごはん』『たのしみノートのつくりかた』など、多数。