物語がつまった宝箱
祥伝社ウェブマガジン

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  • 第一回 2014年8月1日更新
※この回は「FeelLove」vol20に掲載されたものです。

     1
 
 玄関開けたら、派手なおねーちゃんが立っていた。
 どう見ても、キャバクラ勤めの。
 これから出勤ですー、って。
 縦巻きロールでさ、盛っててさ、目元ムリヤリパッチリでさ。
 あぁでも顔立ちはそう悪くないんじゃないかって思ったよ。こんなにゴージャスな化粧しなくたってそこそこイケるんじゃないかね。タッパは意外とあるのかな、ピンヒール履いたら一七○ぐらい行くんじゃないかね。スタイルはそこそこ良さそうだから別の仕事もできるんじゃないかなぁ。派手なドレスの上に無茶苦茶地味で古くさいしかもサイズがでかいトレンチコート引っかけてるのはどうしてかね。小雨が降ってるのは確かだけど何か事情があるのかあるいは男とかヒモとかの持ち物なのか。どっちにしても、大した金はないなこの女。そういうのはすぐ匂いでわかるからな。そして足元のその大きなボストンバッグはなんだ。どこかへ旅行にでも行くのか。
 そこまで、一秒半で考えた。
「えーと」
 誰だこの女。
 そもそもこの部屋に、キャバクラの姉ちゃんが訪ねてくるはずがなくって、かなり面食らったのは事実。
 姉ちゃんはちゃらちゃらキラキラしたでもこれも少し年数が経っているあるいはバッタもんのゴージャスなバッグを腕に引っかけたまま、身体を横にして何度か確かめている。
 表札を。
「〈片原修一〉さんの部屋よね?」
「そうですが」
 間違いなく、片原修一の部屋です。
 まじまじと俺を見る。ぐっと顔を近づけてくる。たぶんカラコンの入った大きな眼がじっと俺を見る。近眼なのか。そして激しい香水の匂い。
 あ、これ俺のダメな感じの香水だ。なんだっけ、ゲランだったっけ。
「ふぅうん?」
 ふぅうん?
 なんだその人を値踏みするような眼付きはそしてなーんだちょっとがっかりー、みたいな声は。
 キャバクラの姉ちゃんは、ニコッと笑って頭をちょっと斜めにしながら下げた。
「ごめんなさぁい突然お邪魔しちゃって。アリサって言いますぅ」
「アリサ、さん?」
 それはあれだろ。源氏名ってやつだろ。そしてアリサちゃんさ、思いっきり若作りしていてそれはある程度は、つまりキャバクラで働いているそこそこ若い子に見せかけるってのは成功しているけれどさ。
 あんた、けっこう年イッてるよね。二十代後半だろう。俺の眼はごまかせないよ。
 そこで、初めて気づいた。
 彼女の後ろに隠れるようにして存在している身体。
 いや背後霊とか幽体とかそういう類いのものじゃなくて、人間の。
(女の子?)
 ひょい、と顔を出した。
 こっちを見た。
 何歳かな。小学生の女の子には縁がないからよくわからないけど、小学校の三年生とか四年生とかそんなもんか。
 つまり、十歳ぐらいの女の子。
 可愛い子だよ。うん、これはもう掛け値なしに可愛い女の子。その辺の芸能事務所の連中が子役とかアイドル候補にスカウトしたくなるぐらいには。
 肩ぐらいまでのストレートの黒髪。ちょっと伸びっ放しでおかっぱぽくなっちゃっているけど、たぶん美容師さんにきちんと切ってもらった髪形。グリーンのラインが入ったスニーカーと、これもグリーンが入ったワンピースもいいね。何ていうデザインかわかんないけど、レース風の裾の飾りもよく似合ってる。畳んだ傘もなんだかちっちゃくて可愛いぞ。背中に背負ってるバッグには自分の荷物が入っているのかな。眼が大きくてその瞳がやたら澄んでいてきれいでいやもうこのキャバクラの姉ちゃんの世間の垢にまみれた裏を見つめ過ぎて濁った瞳を見た後に見たらもう。
 マジ天使。
「ほら、あすか、ご挨拶は?」
〈あすか〉ちゃんか。うん、良い名前だ。雰囲気にも合ってる。
「こんにちは」
 ちゃんと陰から出て来てぺこん、って頭を下げた。
「はい、こんにちは」
 知らないおじさんにいきなり会わされてね、嫌だよね。でもきちんと挨拶してくれたからニコッと笑ってあげる。
 で、俺をじっと見てる。真っ直ぐな瞳でさ。あぁ俺もね、この姉ちゃん以上に世間の垢にまみれちゃってるからそんな眼で見られると辛いんだけどさ。
「そういうわけでぇ」
 いやどういうわけだよ。
「ちょっとお話をしたいんですけどぉ、中に入れてもらえます? もう暗くなってきたし雨も激しくなってきたしぃ、立ち話できる内容でもないんでぇ」
 姉ちゃんはニッコリ微笑む。まぁ顔立ちは悪くないから、その笑顔にコロッとイッてしまうおっさんがいるのは判るけどさ。
「いえ、あの」
 言うと、姉ちゃんは頭を斜めにして肩をちょっと上げて微笑んで可愛い子ぶる。まぁ安アパートの二階の廊下はね、確かに吹きっさらしでこの雨が吹き込んでくるよね。いくら夏だからって濡れるのは嫌だし、あすかちゃんも可哀相だよね。
 だけどさ。
「どういう御用件でしょうか? 僕はまったくあなたのことも、その子のことも知らないし」
 こんなご時世で見知らぬ他人をいきなり部屋に上げるバカは確かにいるんだけれども、少なくとも俺はそういうバカじゃない。
 姉ちゃんは、うんうん、と頷いた。
「ですよねー。でも、あたしとこの子は知らなくても〈鈴崎凜子〉は知ってるでしょ? 覚えてますよね?」
 鈴崎凜子。
 記憶の底からその名前がポンッ! といきなり浮かんできた。
「あ」
「ね? 知ってるでしょ? 覚えてるでしょあなたの元教え子の鈴崎凜子。で、このあすかは、凜子の子供なんですぅ」
 え?
 子供?
 鈴崎凜子の?

     ☆ 

 キャバクラの姉ちゃんはともかく、小学生の女の子と一緒にいたことなんかないから、何を出していいものやら。
「えーとあすかちゃんは、牛乳にココア入れて、アイスココア作ってあげようか? いいかな?」
 ジュースとかあれば良かったけどないし、雨降ってるからコンビニ行くのは嫌だし。台所から居間に顔を出してそうやって訊いたら、じーっと俺を見て、こくんと頷いた。うん、良い子だ。そして可愛いね。
「あ、あたしはコーヒーダメなんで、もしあったらアイスティーでもぉ」
 俺はコーヒーが好きなんだよ。そしてコーヒーならさっき落としたばかりのがポットにあって楽なんだよそしてなんだよアイスティーってめんどくさいものを。
 まぁいい。とりあえず家の中に招いた以上はお客様だ。そしてこの姉ちゃんが鈴崎凜子の知り合いなら、まずはきちんと礼は尽くしてあげよう。
 牛乳の賞味期限を確かめて、深めのボウルに入れる。そりゃあグラスに牛乳入れてココア入れて砂糖入れて掻き混ぜればそれっぽくなるけどさ、ダマになっちゃうだろ。
 イヤなんだよ俺は。お手軽に済ませるのがさ。自分用ならまだしもお客様に上げるものはきちんと手間を掛けたいじゃないか。そしてお陰様で若い頃は喫茶店のバイトもしたからちゃんとした作り方も知ってるんだよ。
 チョコレートソースもあるからそれを入れて泡立て器で掻き混ぜ過ぎないように混ぜる。そこにココアを投入してこれも泡立たないようにゆっくりしかし手早く混ぜる。ココアの粉がダマになっちゃあ美味しくないんだ。
「よし」
 これでオッケー。アイスティー用に鍋のお湯もちょうど沸いた。アイスティーはな、濁らないようにするのがいちばん難しいんだ。残念ながらこの家に紅茶の葉はないので、そこはティーバッグで我慢してもらおう。ティーバッグをあえて茶こしに入れて、お湯に入れる。ゆっくりと紅茶が染み出してくる。この濃さが重要なんだ。そしてさらに氷をたっぷり入れたグラスの上にあらかじめ少しのお湯で蒸らして葉を開かせておいたティーバッグを置く。そこに出来上がった紅茶を注ぐ。この二段階で紅茶を出して、さらに注ぎ方にコツがいるんだ。
「オッケー」
 久しぶりに作ったにしちゃ上出来だ。氷が普通の氷だから多少濁るのはしょうがない。ガムシロップは幸い冷蔵庫の中にいくつかあるのでそれを持って行く。
 しかし。
 ガラス戸の向こうで、古くさい卓袱台のところで二人は何やら話している。「暑い部屋ねー」とか「大丈夫」とか「でもきちんと片づいてるわよね」とか「狭い部屋ねー」とか、小声で言い合ってる。狭い部屋は大きなお世話だが、姉ちゃんだって二十代後半の女性のちゃんとした口調じゃないか。そうやって話せるなら、これ持っていったら普通に話せよ。
 まぁ、二人に、特におかしなところはない。
 互いに知り合いのお姉さんと子供であることは間違いないな。未成年略取とかの犯罪ではなさそうだ。
 でも親子じゃないのは確かだ。
 親子ならちゃんとそういう雰囲気は醸し出されるからな。特に子供の方に。あすかちゃんは、確かにあの姉ちゃんに懐いてはいるけれど、明らかにお母さんと一緒にいる子供の雰囲気は出していない。
(鈴崎凜子、か)
 考えた。
 記憶の底から彼女のことを引っぱり上げる。
 子供を産んだのか。
 そうだよな。俺の記憶が確かなら彼女はもう二十八歳ぐらいか。もしあすかちゃんが九歳ぐらいなら、高校出てすぐに産んだとして、計算はあう。
 ただ、少なくとも高校時代の鈴崎凜子は、卒業してすぐに子供を産むような感じではなかったと思ったけどな。
 彼女に何があったのか。
 お盆にアイスココアとアイスティーと俺のコーヒーを載せて、狭い部屋に戻る。
「どうぞ。あすかちゃん」
「ありがとうございます」
 ぺこんとお辞儀をする。ちゃんと自分から言ったね。部屋の中に入って少し落ち着いたかな。
「どうぞ、アリサさんもアイスティーを。安物ですし生憎レモンはないですけど」
「どうもぉーすみませんねぇ」
「いや、でね?」
「はい?」
 ニッコリ笑うアリサさん。そのゲランの香水は苦手なんだよ。
「お話を伺う前に、本名を聞かせてもらえませんか。そして、普通に喋ってもらえませんか。他人の子供を連れて来たってことは何かしらかなり込み入った事情なんですよね? でしたら、お互いに最低限の礼儀というものを尽くして、その上で腹蔵なくお話ししませんか」
 そう言ったら、アイスティーをこくり、と一口飲んで、そしてコップについたルージュをそっと指で拭きとって彼女は小さく頷いた。
 ゆっくりとコップを置く。
「さすが、高校の先生ね。難しい言葉を使って理路整然と話すのね。わかりました。その通りですね」
 すっ、と背筋を伸ばした。やればできるんじゃん。
「あらためてはじめまして。三芳由希と言います。凜子とはもう七、八年の付き合いになります」
 親しい友人か。ってことは鈴崎凜子もキャバクラで働いたりしているんだろうか。ますますイメージが違う。
 三芳由希さんね。良い名前じゃん。
「でもねぇ」
 あらまた口調と態度が変わったよ。
「普通に話すとね、まぁあたしも見ての通りそんなお嬢様でもないし若くもないしね。こんな感じでいいかしら?」
 ちょいとはすっぱな感じですが、まぁいいでしょう。かしこまれるよりは。あぁ煙草が吸いたい。でも子供の前では我慢。
「どこから話そうかしら」
「わかりませんけど、単刀直入にってのがいちばんじゃないですかね。もったいつけるより」
「話早いわね。その通りね。じゃあ片原先生。すみませんけど、この子、あすかを凜子のところまで連れて行ってくれないかしら」
「はい?」
 連れてくって。
「どこへ? いやその前に、なんで僕が?」
「熊本県よ」
 熊本県って。
「九州の?」
「九州以外に熊本県があるのなら知りたいわ」
 ないよ。たぶん。
「鈴崎凜子は九州に?」
「そう言ってるでしょ。はいこれ」
 持っていたバッグの中から紙を取り出してご丁寧に広げてからこっちへ向けた。
「彼女の実家の住所と電話番号、それから凜子の携帯番号だけど、電話しても出ないわよ。入院中だから」
「入院中?」
 そうなの、と、三芳由希が言って、表情を変えた。友人を心配する顔だ。
「ほんっとうにあの子ったら」
 溜息をつく。おでこに手を当てる。
「どうしてなのかなぁ。あんなに一生懸命働いて、真面目に生きているのに、どうしてあの子にばっかり不幸がやってくるのかしら。神様なんていないわよね。ねぇそう思わない? 神様がいたらこんな理不尽な仕打ちなんかしないわよね」
「いや」
 まぁ神様がいるとは思ってはいないが、世の中理不尽だってのはよく知ってる。しかし、今の話の流れでは。
 訊こうと思ったけど、どうなんだ。子供のいる前で話していいのか。全部知っているのか。
「凜子さんの容体は、悪いんですか? いや子供の前で言い辛いならいいですけど」
「あぁ」
 少し微笑んで頷いた。
「ごめんなさいね、大げさに嘆いちゃったけど、心配はないわ。婦人科の病気でね。ちょっとばかりタチは悪いけど命に係わるようなものじゃないわ。一週間か十日ぐらいの入院で済むと思う」
「そうですか」
 そりゃまぁ良かったけど。
「だからね、本当なら二、三日あたしがあすかを預かる予定だったんだけど、凜子は入院になっちゃったんで、連れて来てほしいっていうのよ。夏休みだしね。まぁねぇ、飛行機に乗っけちゃってよろしくねーってこともできるんだけど、凜子が空港に迎えに来られないでしょ。だからね」
「実家にいるのなら、ご家族は? 迎えに来られるんじゃないですか?」
「それで済むんならあんたに頼みに来るはずがないじゃないの。それをやられちゃあ困るから、凜子はあたしに頼んできたし、あたしはあんたに頼みに来たのよ」
 よーしようやく話が戻った。
「そこです」
「どこよ」
 後ろを振り返りやがったよこの女。
「いや場所じゃなくて、それです」
「どれよ」
 卓袱台を見回すな。誰に向けての漫才だこのアマ。いやしかし、あすかちゃんが笑ってる。ウケたウケたーってお前由希さんよ、俺を嘗めてないか。
「僕のところに来た理由ですよ。全体的にはなんとなくですが把握しました。事情があって実家に帰った凜子さんは、これもよんどころない事情があってあすかちゃんを連れて行けないからあなたに、親しい友人である由希さんに世話を頼んだ、と。ほんの一日二日あるいは三日で帰ってくるつもりだったから」
「そうよ」
「しかし何の因果か向こうで病気になってしまった。まったく間が悪いですよね。すぐに帰ってくるつもりだったのにしばらく入院しなきゃならない。そうなると、あすかちゃんを預けっ放しというわけにもいかないから、こっちに連れて来てほしいと凜子さんに頼まれた、と」
「その通り。さすが教師。理解が早いわね」
「連れて行くも何も、あすかちゃんはもう充分に一人で行動できる子供だ。あすかちゃん、何年生?」
「四年生です」
 四年生ってことは。
「九歳?」
「そうです」
 うん、元気が出てきたね。この状態に慣れてきたかな。声に力が入ってきた。
「九歳なら、いくら日本の北の北海道から南の九州までのとんでもない長旅とはいっても、空港でCAのお姉さんに頼んで一人で飛行機に乗って向こうに行けるでしょう。そうして凜子さんが迎えに来られないなら、実家の誰かに来てもらえばいい。しかし、人にはおいそれとは言えない事情があって凜子さんはそれもしてほしくはない。直接、自分のところにあすかちゃんを連れて来てほしい」
「その通りー」
 拍手をするな。
「それは、わかりました」
 理解した。人生って本当にいろいろあるよな。それは身に染みてるさ。凜子さんの境遇はまだ把握していないけど、若い頃に子供産んでそして一人で育てているっていうので大体わかる。
 そして、このあすかちゃんはちゃんと育てられている子供だっていうのはもうわかった。大人の話の中でも嫌がらないでじっとしてる。きちんと背筋を伸ばして座って、自分の立場を理解してる。それでいて、おどおどしていたり、虐げられてきたってところもまったくない。何よりも、賢そうな子供だ。
 鈴崎凜子さんは、娘を愛して一生懸命育ててきて、そして二人で生きてきたんだろう。
 まずは、そこは、理解した。
 で、だ。
「何故、あなたは僕のところに来たんですか? そこがそもそもわからないっていうか、おかしいですよね?」
 片原修一は確かに鈴崎凜子が通った高校の教師だった。高校二年生から三年生の二年間、担任だった。それは、間違いないけど。
「鈴崎凜子さんとは卒業以来会っていないし、連絡もしたことない。年賀状こそ卒業してから二年は届いて返事も出していたけれど、それも来なくなった。結婚したことも子供も産んだことも、何も知らなかった」
「でも、覚えていたんでしょ? 一人の女生徒のことを。先生は教師になって何年?」
「えーと」
 大学卒業して一年で幸いにも教師になれたんだから、十五年か。
「十五年」
「その間に担任した生徒は何人ぐらいいるの? 十年間担任やったとしても、まぁ軽く三百人やそこらはいるって計算になるわよね。担任だけじゃないんだから、あんたの教え子なんてもう千人や二千人はいる計算になるでしょ?」
「そう、だね」
 計算上はそうなる。
「その中の、もう十年も前の生徒だった鈴崎凜子のことを、あなたは覚えていた。名前を聞いただけで思い出して、しかも怪しそうなあたしを信用して部屋に上げてくれた」
 三芳由希さんは、ぐいっ、と顔を前に出した。真面目そうな顔をする。そういう顔をすると眼に光が入る。
 この女、はすっぱでバカな女を装ってるけど、そうじゃないって思ったよ。
「あたしはね、子供の前で言うのは教育上よろしくないからやわらかーく言うけれど、高校時代に凜子とあんたは特別な関係にあったんじゃないかって思ってるのよ」
 特別な関係か。
 まぁ、そういう風に表現するならそうかもしれないな。
 彼女が、つつつ、と膝を送りながらこっちに近寄ってきて、にいっ、と笑った。
「耳」
 くいっと指を曲げて、耳を寄せてこいと。まったく。まぁ何を言うのかは予想がつくけど、とりあえず聞いておく。
 彼女は俺の耳に口を寄せてきて、あすかちゃんに聞こえないように囁いた。
「あたしはね、あすかの父親はあんたじゃないかって疑ったぐらいなんだからね。まぁ凜子は否定してるけどさ」
 耳を離して、顔を顰めて、首を横に振ってやった。
「とんでもない」
「そうよね」
 三芳由希は、あぁもう由希でいいや、肩を竦めてまた膝をつつつ、と進めてあすかちゃんの横に戻った。
「でも、そう思われてもしょうがないことを、こと、ってことはないわね。プラトニックだったって言うんだから。でも、心の関係はあったんでしょ?」
 心の関係か。
 なかなか上手いことを言う。
「全部、聞いてるのよ。あたしも、もちろん、あすかもね」

     ▼

 凜子の家庭環境は覚えているでしょ? そうよ、あの子高校生なのに一人暮らししていたんだってね。それもお母さんが後妻だからってことなんでしょ? 親父さんが会社を二つも三つも持っててね。金持ちなのをいいことにもう高校生の娘と一緒に暮らすのはめんどくさいとかさぁ。
 ひどいわよねぇ、どんだけ自分のことしか考えてないんだって怒ったわよ。
 会ったことあるの? 凜子のお母さんに? どんな人だったのよ。顔は覚えてないってそりゃそうよもう十年も経ってるんだし。印象だけでもいいわよ。
 ふーん、似てるんだ。凜子に。
 性格は?
 あぁ、気の弱そうな、男になんか言われたらそれに従っちゃう感じね。
 愛人気質? そんなのあるのかしら。まぁあるかもね。
 あぁ大丈夫よ。この子はね、ずっと何もかも聞いてきたの。いつでも凜子と一緒だったから否応無しに聞こえちゃうのよ大人同士の話を。
 おばあちゃんはまだ四歳のときに死んじゃったし、おじいちゃんなんか顔も知らないしね。
 でも、あの子もね、凜子の話よ。
 一人でも大丈夫な子だったのよね。そうそう、あんな繊細そうな顔してるのに、どっか抜けてんのよね。楽天家っていうかさぁ。あ、やっぱり先生もそう思ってたんだ。そうよねぇ、おかしいっていうか、おもしろいわよねあの子。
 先生がその頃住んでたアパートと、あの子の住んでたマンションがめちゃ近かったのよね。
 あ? 大家同士が日照権で揉めたの?
 なんだそんなに近かったのね。ほとんどお隣さんじゃない。
 凜子言ってたわー。
 先生が部屋を出るのをベランダから確認してから、自分も部屋を出るとちょうど豆腐屋の角で先生と一緒になるんだって。
 でしょ? 
 二年間ほとんど一緒に通ったんでしょ?
 あぁもちろん通学路だからね。他の生徒もたくさんいたんだろうけどさ。そりゃ先生と生徒が二人きりで登校していたら問題にされるわよ。
 あの子ね、その時間を本当に大切にしていたみたいよ。
 先生と待ち合わせしているみたいな、朝のほんの五、六分の時間。
 ふーん、やっぱりそうなんだ。
 ね、それっていつごろ先生は意識したの? 凜子をさ、まだ十七歳とかの女の子を意識したってことでしょ? あなたが二十八、九歳ぐらい? どうなのよそれ教師として。
 まぁね。
 凜子も言ってたわ。
 そういう、恋愛感情とかでくくれるようなものじゃなかったって。
 そこんところは、あたしにはちょっと理解しにくいんだけどさ。
 親子? それは年が近過ぎるでしょ。
 あら。
 ごめんなさい、それは随分大変なことがあったのね。プライベートなことを蒸し返しちゃって悪かったわね。
 そうなんだ、お父さんもお母さんも妹さんも、家族が一緒に事故で亡くなっちゃうなんてね。
 それは、ごめんね、言葉悪いけど、キツかったわね。
 先生が何歳のとき? 高校生? それは、本当に、悲しかったわね。ごめんなさいね。いやだあたしもそういうのに弱いからさ。
 それでか。
 それで、凜子にシンパシーを感じていたのね。優しくしてくれる親がいないってことに。
 凜子は、似てたの? 妹さんに? あぁお母さんにもね。
 先生にも、複雑な思いがあったのね。凜子に対して。
 そうかー、それは凜子に聞いてなかったけど、もちろん知ってたのよね? 凜子は。そうね、知っててもおいそれと人に言えることじゃないわね。
 うん、そう。
 凜子も親の姿を、というか、保護者よね。
 自分を包み込むようにして、優しく見守ってくれる人。ただただ、優しい人。
 それが先生だったんだよね。色恋なんかまったく感じさせないで。
 先生にとっては、凜子は妹のようであり母親のようでもあり、亡くなってしまった自分の家族を重ねていたんだ。
 そうかぁ。
 そういうことかぁ。
 言ってたよ凜子。
 風邪をひいて、それをこじらせちゃうと必ず先生がこっそり部屋を訪ねてきて、お粥を作ってくれたって。バナナや桃の缶詰やヨーグルトもたくさんコンビニで買ってきて置いといたんでしょ。
 部屋に来てくれるのは、そういうときだけ。
 だから、風邪をひくのが嬉しかったって。
 そうよね、教師が一人暮らしの生徒の部屋に行ってるなんてバレたら大変よね。まぁ二年間もバレずにうまくやっていた先生と凜子に感心するわ。
 あれ、なんだっけ? 双眼鏡? そうよ聞いてるわよ。
 具合が良くなったかどうかをお互いに窓から双眼鏡で確認し合ったんですって?
 笑っちゃうわよ。わかんないわよ、そんなの。
 電話で確認すればすぐなのに、喋り過ぎると、親しくなり過ぎるとそれが雰囲気に出てしまって、周囲にわかってしまうってさぁ。
 先生も凜子も、真面目過ぎるわよ。
 まぁそうね。
 二人でいるのが楽しくたって、幸せな時間だったとしても、周囲にそれがわかっちゃったら大変な騒ぎになるもんね。
 自分たちのせいで周りの誰かが傷つくことだってあるのよね。先生は、先生だし。教師として信頼している生徒もたくさんいただろうし、その子たちがそういう関係を知ったら、そりゃ傷つくわよね。
 まぁそりゃあわかるけどさ。
 あんたたち二人って、似てたのね。
 周りに気を遣って。
 なんか、先生にも話を聞いて、実感できたわ。
 あんたたちって、本当に心だけで、気持ちだけで、繋がっていたのね。お互いにお互いを支え合っていたのね。
 そんな話が本当にあったってわかっただけで、なんか、嬉しいわ。 

     ▲

「決まってるじゃない」
 由希の顔が、マジになった。いや表現が悪かった。
 真剣な表情を見せた。これは、人が人生の中で一回はする、本当に、心の奥の心情を吐露するときの顔だ。
「あなたに、凜子を助けてほしいからよ。だから、あたしはここに来たのよ」
「助けるって」
「あの子には、誰か傍についていてあげる人が必要なの。あの子ね、あすかを産んでからずっと一人なのよ。もう誰かを愛することなんかないって言ってるのよ。まだ二十八よ? 全然これからなのよ? それなのにさぁ」
 確かに。二十八っていう年齢はそろそろ若い女にオバサンなんて呼ばれてもしょうがない年齢だが、全然若い。
 人生をやり直すのには充分過ぎる。
「その」
「なに」
 あすかちゃんをちらっと見た。
「この子の、あすかちゃんの父親というのは」
 そこをまだ聞いてないんだけどな。まぁ聞かなくても何となく察することはできるけれど。
 由希が、溜息をついた。
「死んじゃったのよ」
「死んだ」
「事故で、死んでしまったって。凜子の言葉を信じるならね。あたしが凜子に出会う前の話だけどさ。凜子、あすかの父親のことはあまり話さないのよ。ただ、信じて、この子を産んだってことだけで。それでね、先生」
 なんだ。由希の眼が、少し潤んでいる。
「凜子が子供を産んでもいいって思ったその男の名前ね」
「名前?」
「シュウイチっていうのよ」
 え。
「偶然って言ってたわよ。凜子はね。ただの偶然だって。でも、そんなあれでしょ。凜子が先生のことをずっと思っていたって証拠だって思わない? 同じ名前の男とさぁ」
 息を吐いて、由希はバッグからハンカチを出して、めちゃ黒くて大きい眼の辺りを少し押さえた。
 こいつ、いい奴、いい女なんだろうな。
「わかってるわよ。あたしだってね、それなりに大人の女よ。突然やってきて、この子を凜子のところまで連れて行って、そして凜子を救ってくれなんていうのが非常識だってこと。普通はそんなこと考えないわよ」
 だろうな。いや考える非常識な奴はいくらでもいるんだが。
「どうしてあたしが先生の住所を知ったか、不思議でしょ?」
「そうなんだ」
 それも訊こうと思っていた。
「あたしね、〈キャサリーナ〉って店で夜は働いてるの。知ってる?」
「申し訳ないけど、知らない」
 あらぁ、とわざとがっかりしやがった。
「でも、先生の同僚の矢萩先生はよく来るのよ」
「矢萩先生?」
 そうよ、ってニイッと笑った。
「キャバクラに?」
「そうよ。もう常連さん。まぁでも高校の先生ってことはね、ずっと隠していたの。そりゃあマズいわよねぇ、教師がキャバクラ通いなんかしてちゃ」
「確かに」
「でもね、うっかり矢萩さん、話しちゃったのよね。同僚がセクハラ疑惑で学校を辞めさせられたって。それは冤罪なんだって。モンスターペアレンツの犠牲者なんだってさ。で、その名前をね、言っちゃったのよ。片原修一だって」
 うわぁ。
 ろくでもねぇな矢萩先生。なんてことしてくれたんだ。いくら酔っぱらったってそんなこと言うなよ。
 でもまぁ、好意的に解釈すればそれだけ矢萩先生も悔しがってくれたってことか。好意的に考えればな。
 由希は、大変だったわね、と慰めてくれた。
「言ってたよ矢萩先生。片原先生はそりゃあもう教育熱心な今時珍しいぐらい真面目な、そして優秀な教師なんだって。生徒を愛しているから結婚なんか考えられないぐらい、本当に心底生徒のことを考える先生なんだって」
「それは」
 結婚してないのは、確かにそうなんだけどな。
「あんな先生が学校を追われて、俺みたいな不良教師がのうのうとしてるってのが申し訳ないってね。あ、もし矢萩先生に会っても怒らないでね。本当に、そういう風に言ってたから。学校に戻ってほしいって」
 溜息をついた。
「もちろん」
「で?」
「で?」
「セクハラ疑惑って、なんでそんなことになっちゃったのよ。もちろん冤罪だってのはわかってるけど、どうにかならなかったの?」
 いやさすがにそれは。
「あすかちゃんの前では話せないだろ」
「あらそうね。じゃあまぁそれはいいわ」
 そういうわけで、って由希は姿勢を正した。
「あたしは、凜子が高校生の頃からずっとずっと慕っていた、きっと今も慕っているはずの〈片原修一〉先生の住所を調べることができたの。ほんの一週間ほど前よ」
 一週間前か。なるほど。
「そのうちに、凜子に教えてやろうって思ってた。でも」
「こんなことになってしまったのか」
「そうよ。でも、これは神様の計らいだって思った。きっと神様は先生に凜子のところへ行ってほしいんだって」
 いや、そんなこと言われても。
「つまり先生は今、無職なわけよね。二、三日家を空けたって全然大丈夫なわけよね。凜子のために、あすかを熊本に連れて行くこともできるわよね」
 口調こそ適当だけど、由希の瞳は真剣だ。
 鈴崎凜子を救ってほしい、か。
「ちょ、ちょっと待ってくれないか。一本、煙草を吸わせてくれ」
「あら先生煙草吸うの? いまどき」
「もちろん、学校では吸わなかったさ」
 肩身の狭い思いはしているさ。立ち上がって、ジャケットのポケットに入れっ放しだった煙草を取り出して、台所の換気扇のところまで来た。灰皿をすぐ隣りのカラーボックスの下から取り出して、ガス台の上に置いた。換気扇のスイッチを入れる。
 最近はさ、こうやって換気扇のところで吸ったって文句を言う奴がいるんだぜ。アパートの廊下が煙草臭いとか言ってさ。いい加減にしてくれよって感じだけどな。
 火を点ける。
 ふぅ、と煙を吐く。
 考える。
(九州か)
 行けないわけじゃない。確かに時間はたっぷりある。
(鈴崎凜子か)
 向こうで、何か楽しそうに二人で話している声が聞こえる。あの二人の仲が良いのはよくわかったよ。
 きっとあすかちゃんが赤ちゃんの頃から、由希は親友の子供として面倒を見てきたんだろう。由希にもそれ相応の事情はありそうな感じがしてる。きっと凜子と由希は、二人で支え合って生きてきたんじゃないのか。
(女の友情か)
 そういうのは、あるよなきっと。
 男同士の友情だって、もちろんある。
 こいつのためなら何でもしてやるっていう思い。
 そして確か鈴崎凜子の父親は。
(よし)
 煙草を消した。居間に戻る。戻るって言っても三歩で戻れるけどな。戻って、ゆっくりと二人の前に座った。
「決心ついた?」
 ニコッと笑って由希が言う。
「わかった。行こう」
 わーお! って由希が手を叩いた。
「良かったねぇあすか、一緒に行ってくれるって」
 あすかちゃんは、少し口元を緩めて微笑んだけど、微妙な顔をしていたな。まぁそうだよな。子供にしてみれば微妙だよな。
 いくらお母さんに聞かされていたとしても、知らないおじさんなんだからさ。
「ただし、だ。三芳由希さん」
「あら、由希でいいわよ。先生ずっと年上なんだし」
「じゃあ、由希さん。単刀直入に言うけど、君にもなんだか事情があるみたいだね。その荷物は明らかに旅行用の荷物だよね。格好は明らかに出勤前なのに、何故そんな大きい荷物を持ってるんでしょうか。まさかそれが全部あすかちゃんの荷物ってことはないですよね。あすかちゃんは自分のリュックがいっぱいだしその他にカバンも持ってる」
 ちっ、って顔をしたよね由希さんよ。今確かに心の中で舌打ちしたよね。バレたかって感じで。
「さっきまで、僕にあすかちゃんを連れて行ってほしいって言ってたけど、一緒に行くつもりか、あるいは」
「なによ」
 ちょっと間を置いてやった。武士の情けだ。おいでおいでをしてやった。
「何ですか先生」
「いいから」
 部屋の隅に呼んだ。そしていやいややってきた由希の耳元に囁く。
「夜逃げかい?」
 思いっきり嫌な顔をした。
「違うわよ」
「じゃあなんですか」
「言えない」
 ふてくされたように唇を尖らす。お前は子供か。あすかちゃんの同級生か。
「まぁいいか。わかりました」
 言うと、顔を顰めながらあすかちゃんの横に戻る。
「とにかく、一緒に来てください」
「一緒?!」
 由希が眼を丸くした。
「僕は、小学生の女の子の相手をしたことなどありません。札幌から九州なんて長旅です。その間、ずっと二人きりになります。精一杯のことはしますが、やはり女性がいた方がいい。それにこのご時世です。僕のような中年男が小さな女の子を、しかも赤の他人の子を連れているといろいろ誤解を受けます。あなたがいれば、三人なら親子に見られて何の心配もないでしょう。何よりあなたは凜子さんから頼まれたんですよね? その約束を放棄して、僕だけに任すなんてことはしないですよね?」
 思いっきり俺を睨んで、その後にむーん、とか唸りました由希さん。
「そうですよ先生。あたしは凜子に頼まれました。あたしは凜子を裏切ったりしません。わかりました。一緒に行きましょう」
「そうこなくっちゃ」
「でもね? 先生」
 何でしょう。
「今、長旅って言ったけど、札幌と九州だって飛行機飛んでるのよ? ほんの数時間で着くのよ?」
「それは、飛行機だからですよね。由希さん、飛行機のチケットとか取ってあるんですか?」
「ないわよ」
「そのお金は? けっこうお金掛かりますよね。誰が出すんですか? 僕を当てにしてました?」
 由希の唇がふにゃふにゃと動く。やっぱりそうかよこの女。まぁいいよ。
「申し訳ありませんが。僕はお金なんかこれっぽっちもありません。三人分の飛行機代なんかとても無理です。無職になってしまったのだから、節約しなきゃなりません。どこかから借金するなんて以ての外です」
「え? じゃあどうやって九州まで行くの?」
「これです」
 ポケットから車のキーを出した。
「車?」
「ガソリン代ぐらいなら、まぁなんとかなるでしょう」
「ちょ、ちょっと待ってよ。何日かかるの?」
「そうですね。ちょっと待ってください」
 部屋の隅のパソコンデスクの上のノートパソコンを持ってきた。打ち込む。
「おおよそ距離は二千キロ」
「二千キロぉ?」
「時間にすると四十数時間。ってことは、まぁ昼間は走るだけ走れば、一週間もあれば着くでしょう。のんびり寄り道しても、まぁ十日ですか。夏休みだしね」
「宿泊はどうするのよ。ガソリン代と宿泊代を合わせたら飛行機の方が安いんじゃないの?」
「ガソリン代を一五〇円として、幸いにして僕の車はリッター二十キロは行きますからおおよそ一万五千円ですか。それなら確実に飛行機代より安い。宿泊は、車です」
 車ぁ? って叫ぶように言いましたよ由希さん。
「まぁ女の子もいることだし清潔には気をつけないとね、だから、一晩中休憩できる安いスーパー銭湯とかもあるし、温泉の駐車場とかね。車中泊ってやつですよ。その気になれば安く夜を過ごせる方法はいくらでもあります。夏だし風邪を引くこともないし。意外に楽しいですよ?」
「楽しいって」
 あすかちゃんが反応した。なんか、ものすごく嬉しそうな顔をしている。
「どうだあすかちゃん。お母さんのところまで、おじさんとおばさんとずーっと日本縦断のドライブだ。楽しそうじゃないか?」
「楽しそう!」
 おおお、出会ってからいちばんの可愛らしい大きな笑顔だ。いいねぇあすかちゃん、話わかるね。
 子供はドライブ好きだよな。察するにさ、今までそんなドライブしたことないんじゃないか。
「夏休みだしな。あっちこっち寄ってさ、海水浴もできるかもしれないしな」
「うん!」
 よーし。良い返事だ。いいね。子供が喜ぶのは嬉しいよな。
 どうだ、って顔をして由希を見たら、何だか悔しそうな顔をしていた。
「わかったわよ先生。ご一緒します」
「うん」
「車はなに? 実はあたし、意外と車にはうるさいんだけど。期待してないから教えて」
「安心してください。軽自動車ですけど、ついこの間買ったばかりの日産の新車です」
 あぁあ、って溜息をついた。
「軽自動車で長旅って」
 まぁ、それも楽しいだろう。
 それに。
 まぁ俺にとっても渡りに船ってやつかもしれない。

この続きは好評発売中「アシタノユキカタ」(四六判)でお読みになれます。 (この原稿は、連載時のものです。刊行に際し、著者が加筆・修正しています)

著者プロフィール

  • 小路幸也

    広告制作会社勤務などを経て、2002年『空を見上げる古い歌を口ずさむ』で第29回メフィスト賞を受賞し、小説家デビュー。13年ベストセラー「東京バンドワゴン」シリーズがテレビドラマ化される。著書に『うたうひと』『さくらの丘で』(ともに小社刊)など多数。