物語がつまった宝箱
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  • 第一幕(5) 2023年5月1日更新
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 翌年一月の土曜、私は吉祥寺(きちじょうじ)にいた。
 住む場所にこだわりはなかったけど、そもそも東京の地名をよく知らなかった。唯一、吉祥寺という場所には住みやすそうなイメージがあった。大学受験をする同級生たちが最後の追いこみをかけている時期、私は一人で冬の吉祥寺へ旅立った。父は同行を申し出てくれたけど断った。
 実家の最寄り駅から東武(とうぶ)鉄道やJRを乗り継いで、二時間半。片道で三千円という値段は思っていたより安かった。三千円で行ける場所に憧れていたのだと思うと、少し滑稽だった。
 ただ、さすがに吉祥寺駅は立派だった。街に出ると、人と店が溢(あふ)れていた。高崎(たかさき)より栄えているかもしれない。二十三区内ですらないのに。お昼ご飯をどこで食べればいいのかわからなくて、唯一見慣れたチェーン店でハンバーガーを食べた。
 腹ごしらえをしてから、飛びこみで駅前の不動産屋に入った。こちらの要望は決まっている。
「家賃五万円以下のアパート、紹介してください」
 卒業後、父からは月五万円の仕送りを四年間振り込んでもらえる約束になっていた。少なくとも家賃は仕送りで支払える金額に収めて、残りの生活費はアルバイトで賄(まかな)うつもりだった。
 不動産屋の担当者は「五万ですか」と渋い顔をし、オートロックとか築浅とか理由をつけて、家賃が七、八万円のアパートばかりを紹介してきた。舐(な)められている、と判断して話を切り上げようとしたらやっと要望通りの物件を出してきた。若い女として生きるのは、いちいち面倒くさい。
 いくつか部屋を内見して、賃料四万五千円、管理費千円のワンルームに決めた。風呂トイレは別だし、駅からも近い。その代わり、入居者は女性限定という条件がつけられていた。めずらしく女性であることが有利に働いた。
 二か月後。引っ越しを済ませ、住民票を移し、私は正式に吉祥寺の住民になった。

 十九歳の誕生日の夜、私は下北沢(しもきたざわ)の劇場にいた。
 五月下旬の空気は、すでに夏の気配が濃厚だった。私は先週古着屋で買った八〇年代のサマーワンピースを着ていた。細かい水玉模様で、ロールアップの袖がかわいらしいデザインだった。
 二か月前に引っ越してきてからというもの、私は高校時代に貯めたなけなしの貯金と、父から初期費用としてもらったお金、それにアルバイトで得た給料を使って劇場を巡っていた。アルバイトは、時間の都合がつく単発の仕事をやっている。値札のシール貼りとか商品の箱詰めとかいった、いわゆる単純作業だ。
 役者になるために上京したまではいいものの、どうすれば役者になれるのかわからない。そもそも、舞台というものを観たことすらない。がむしゃらに養成所や劇団に入るより、まずは情報収集――つまりは観劇からはじめることにした。
 吉祥寺に住むことにしたのは、結果的に大正解だった。劇場が集まっている新宿(しんじゅく)、中野(なかの)、高円寺(こうえんじ)、阿佐ヶ谷(あさがや)、荻窪(おぎくぼ)あたりへはすべて、中央線一本で行ける。しかも、演劇人が集まる下北沢も井(い)の頭(かしら)線で一本。舞台を巡るにはうってつけだった。
 観劇料には幅がある。安ければ二千円、高いほうは一万円を超えるものもある。資金が潤沢にあるとはいえない私が選ぶのは、自然、チケットの安い小劇場が中心になった。
 ただし今日のチケットは奮発した。税込み五千円。貧乏フリーターには結構な出費である。それでも、今日の舞台は観ておきたかった。
 劇場の席数は百から二百の間。決して多いほうではないが、観客がびっしり埋まっているのはさすがだ。小劇場では、観客席にいるのは身内らしき人ばかり、という状況も珍しくない。
 ステージでは四人の男女が掛け合いをしている最中だった。ある夫婦と、それぞれの浮気相手が一堂に会する場面。夫婦が互いの非をなじるたび、浮気相手がそれを擁護するという流れで、夫婦間の断絶が描かれていた。
 ――面白い。
 単純といえば単純な構図だが、台詞(せりふ)の言い回しや、演者たちの醸し出す雰囲気がいやにリアルだ。まるで他人の家を覗(のぞ)き見しているような背徳感がある。観劇歴の浅い私でも、他とは一味違うとわかる。
 この舞台をしかけたのは、小劇場界隈(かいわい)では多少名の知られた人物だった。
 劇団バンケット主宰、名倉敏史(なぐらとしふみ)。
 地元にいたころは東京の劇団事情など何ひとつ知らなかったが、頻繁に劇場へ足を運んでいれば少しずつわかってくる。
 劇団も、人間の集まりという意味では学校や企業と同じで、さまざまな特色がある。和気あいあいとした空気が売りの劇団。主宰者が強権を振るう劇団。前衛的だが熱心なファンのついている劇団。大手と零細。老舗(しにせ)と新興。有名と無名。東京には、想像していたよりも多種多様な劇団が共存していた。
 なかでもバンケットは勢いがある劇団のようだった。SNSを覗いてみると、最近の公演はいずれもチケットが完売しているという。気になって調べたところ、劇団と呼ぶには少々変わったシステムを採用していることがわかった。
 劇団バンケットに所属しているのは主宰であり、劇作家である名倉敏史ただひとりだった。劇団員は誰も所属していない。
 名倉は公演のたびに一から座組みを設定する。俳優に声をかけるのも、スタッフを集めるのも、資金を調達するのも、すべて名倉の仕事だという。当然、台本を書いたり、演出をしたりといった本来の仕事もある。
 いわば、名倉の、名倉による、名倉のための劇団だった。
 全部を自分でやるのはひどく面倒だし、見方によってはわがままともいえる。しかし名倉はその方法で年に二回公演を実現し、しかも回を追うごとに人気が高まっているらしい。チケットの完売がそれを証明していた。
 ネット検索で、名倉へのインタビュー記事を見つけた。文面に添えられた写真には、三十代後半くらいの痩せた男が映っていた。口ひげを生やし、丸いレンズの眼鏡をかけている。劇団名の由来について、名倉はこう語っていた。
 ――〈バンケット〉というのは、宴会とか晩餐会(ばんさんかい)といった意味です。ぼくはかしこまった演劇ではなく、即興の会話やハプニングさえも楽しめる、にぎやかな宴のような空気を作り出したい。バンケットの公演は、俳優やスタッフ、観客の皆さんを招待した大規模な宴会なんです。
 鼻につくけど、名倉の志す演劇にはなんとなく共感できた。
 そもそも私は、役者という職業にではなく、他人を演じることに憧れている。だから、台詞を暗唱するだけの演技はしたくなかった。即興の会話やハプニングくらいは許してくれないと、窮屈で仕方ない。
 名倉の演出のおかげか、ステージ上にいる四人の男女は生き生きとしていた。軽妙なテンポのよさ、気まずさを表す間(ま)、言葉にできない悲しみ。俳優たちの演技には相当アドリブも含まれているはずだ。そうでなければ、これほどのリアリティを持って演じられるはずがない。
 空気に吞(の)まれているうちに、一時間四十分の舞台は幕を閉じた。自然と客席から拍手が起こる。出来の悪い舞台だと、途中で観客が続々と席を立つこともあるけれど、立ち上がる人は誰もいなかった。
 カーテンコールが終わり、客席が明かりで照らされると、隠れていた現実が急に立ち現れる。宴会は終わり、観客たちは路上へ放り出される。二十一時の下北沢は、まだまだ眠る気配がない。会社員風の身なりの人はあまりいない。肩を露出した女たちが目の前を通り過ぎ、髪を鮮やかな金色に染めた男が缶チューハイ片手にうずくまっていた。
 私は自分へのささやかな誕生日プレゼントを求めて、街をさまよった。いい舞台を観た余韻が消えず、まっすぐ家へ帰りたくなかったということもある。だが開いているのは飲食店ばかりで、目当ての雑貨屋や古着屋はことごとく閉まっていた。
 結局、一周して元いた劇場の前に戻ってきた。
 いいかげんお腹が空(す)いた。買い物もいいが、そろそろ夕食にしたい。ビルの二階に入っている、カフェバーの立て看板が目についた。ケーキセット、の文字を認めるのと同時に、私の足は店内へ引き寄せられていた。
 店内は半分ほどお客さんが入っていた。カウンターの端の席に案内された私は、カレーライスを注文し、すぐに平らげる。食後にはモンブランと紅茶のセットを頼んだ。十九歳おめでとう、と心のなかでつぶやいてからフォークを手に取る。
 店の窓ガラスに、ティーカップを口に運ぶ私が映っていた。古着のワンピースに身を包んだ若い女は、店の空気になじんでいるように見えた。
 少しは、東京に擬態できているだろうか。
 服は古着とファストファッション。メイクは完璧とはほど遠いけど、色々と試行錯誤している。スタイルはとびぬけてよくはないけど、悪くもないと思う。吉祥寺周辺だけだが、土地勘も頭に入ってきた。
 つい二か月前まで群馬の片田舎(かたいなか)にいたことが信じられない。地元では、こんな時間に外を出歩くのは初詣(はつもうで)の時くらいだった。
 この街に知り合いはいない。高校の同級生のうち、何人かが東京にいることはわかっているけど、連絡を取るつもりはなかった。私はこれから別の人間になるのだから、故郷の知り合いなど邪魔なだけだ。
 モンブランを半分ほど食べ終えたころ、新しい客が来た。三人連れで、そろって四十歳前後の男性だった。顔には疲れが滲(にじ)んでいる。三人は私の背後にあるテーブル席についた。話し声が聞こえるくらいの距離だ。彼らはビールやサラダ、ソーセージを注文した。居酒屋代わりに使うつもりらしい。なんとなく、空気を壊された気分になる。
「だいぶこなれてきましたね」
 誰かが言うと、それに別の男が答えた。
「ダメだ。夜公演、諏訪(すわ)が流してた。劇場出る前、言っておいた」
 諏訪。その名前に引っかかりを覚える。さっき観た舞台の出演者に、諏訪という名前の俳優がいた。この店は劇場のすぐ前にある。
 もしかして――男たちは舞台の関係者なのだろうか。
「どこが気になりました?」
「序盤でね。明らかに素が出てる時があった。本人は否定していたけど」
「名倉さん、よく気が付きましたね」
 ――名倉!
 憶測が確信に変わった。しかもそのうちの一人は――
 トイレに立つ途中、テーブル席に座っている男たちの顔を確認した。壁を背に、丸眼鏡をかけた男が座っている。よく見れば、その顔はインタビューの記事で見た名倉敏史に間違いない。彼らが入店した時にどうして気付かなかったのか。
 席に戻った私は考えた。
 これは、あの名倉と面識を得るまたとないチャンスではないか。でも、何を話せばいいのか。売りこむにしても、実力が伴っていなければ無意味ではないか。だいいち、私はまだ俳優ですらない。
 しかし身体(からだ)はすでに動いていた。躊躇(ちゅうちょ)しながらもテーブル席へと近づく。
「すみません」
 声をかけると、三人の会話が止まった。私はまた無意識に演じていた。地方から出てきた、役者志望のフリーターを。後ろから眺めるもう一人の私が慌てて止める。無鉄砲なことはやめてくれ、と。
「名倉敏史さんですよね」
 名倉は返事の代わりに眉をひそめた。三人の視線が、傍(かたわ)らに立った私へそそがれている。
「舞台、拝見しました。面白かったです」
「ああ……それは、どうも」
 観客だとわかったせいか、表情が少しやわらいだ。勝手に口が動く。
「私、俳優になりたいんです。どうすればなれますか?」
 テーブルに緊張が走った。厄介なやつだ、と思われたのだろう。別の男が「あのねえ」と私を諭そうとしたが、名倉が制するように「簡単ですよ」と言った。
「名乗れば誰でも俳優です。力む必要はないですよ」
「じゃあ、名倉さんの舞台にはどうすれば出られますか」
 こういう手合いには慣れているのか、名倉は落ち着いていた。焦(じ)らすようにビールを飲む。口ひげに泡がついていた。
「あなたがいい俳優なら、いずれ声をかけるでしょうね」
「〈いずれ〉を〈今〉にしてもらえませんか」
 さすがに押しが強すぎたのか、名倉が口を曲げた。しかしこちらも引かない。
「きっと、名倉さんの期待に応えられると思います」
「その根拠は?」
「一度、見てもらえばわかります」
 見かねたのか、名倉の連れが「もういいでしょう」と言った。
「あなた失礼だよ。劇場の外でつかまえて売りこみなんて」
 場が静まりかえる。立ち去れ、という無言の圧力を感じた。これ以上は攻めても逆効果になりそうだ。礼を言って、カウンターに戻ろうとした。歩き出す寸前、名倉が「これ」と言った。振り向くと、一枚のチラシを差し出していた。
 両手で受け取り、目を通す。日時や場所だけが記されたいかにも事務的な文書だったが、よく読めば、それは俳優を対象にしたワークショップの案内だった。連れは、正気か、とでも言いたげな視線を名倉に向けていた。
「都合が合ったら来てください。参加費は当日までに振り込んで」
「……必ず、行きます」
 深々と頭を下げて、今度こそ立ち去った。とても店のなかにいられる気分じゃなくて、すぐに会計をして外に出た。路上を歩いてしばらくしてから、チラシを持ったままであることに気が付いた。
 井の頭線下北沢駅のホームに立ち、照明の下で文面を確認した。ワークショップは、誰でも参加できるオープンなものではないようだった。ある程度キャリアを積んだ俳優が対象であり、次の公演のオーディションを兼ねていることも記されていた。
 今さらながら、指先が震えだした。
 演技をしていた自分が後退し、本心が露出する。こんなワークショップに参加して、大丈夫なのか。ずぶの素人(しろうと)である私が、手練(てだ)れの俳優たちに交ざって演技を披露しても、恥をかくだけなんじゃないか。見てもらえればわかる、なんて大口を叩(たた)いたけれど、本当は舞台に立ったことすらないのだ。
 数時間前に観た、ステージ上の熱演が蘇(よみがえ)る。名倉が求めているのはあの水準だ。
 チャンスには違いない。だがこれは、同時にピンチでもあった。もし役者失格の烙印(らくいん)を押されれば、今後、名倉の舞台に呼ばれることはないだろう。悪評が立てば他の作家や俳優からも敬遠されるかもしれない。
 喜びと不安。興奮と絶望。
 予想外の誕生日プレゼントに、私は相反する感情を持て余していた。

(つづく) 次回は2023年5月15日更新です。

著者プロフィール

  • 岩井圭也

    1987年生まれ。大阪府出身。北海道大学大学院農学院修了。2018年『永遠についての証明』で第九回野性時代フロンティア文学賞を受賞し、デビュー。他の作品に『夏の陰』『プリズン・ドクター』『水よ踊れ』『この夜が明ければ』『竜血の山』『生者のポエトリー』『最後の鑑定人』『付き添うひと』『完全なる白銀』がある。