物語がつまった宝箱
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  • 2(1) 2022年8月15日更新
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 高校生というのは、なんでこんなに元気なんだろう。
 つい二年前までは自分も高校生だったという事実は棚に上げ、恭四郎(きょうしろう)はいつもあきれてしまう。いつのまにかひどく年寄りになってしまったような感覚にとらわれ、軽く落ちこみもする。
 むろん、これも自身の高校時代を振り返ってみれば、四六時中元気いっぱいでいられるはずはない。時にはくたびれたり気が塞(ふさ)いだりもするだろう。
 しかしクレープ屋の店頭では、みんなほぼ例外なく元気だ。
「やっぱ、トリプルいちごにしよ。季節限定だし」
「あたしもいちごかなあ。けどチョコバナナも捨てがたい」
 カウンターの向こうでかしましく相談しているのは、紺色のブレザーとチェック柄のプリーツスカートを身につけた、女子高生の二人組である。いつまで経(た)っても決まらない注文を、恭四郎は営業用の笑みを顔に貼(は)りつけて延々と待っている。
「んじゃ、ひとりずつ違うのにして半分こしちゃう?」
「なにそれ天才」
 近所にある私立女子校の生徒たちは、この店にとってはお得意様といっていい。もう春休みに入っているはずだが、部活かなにかの帰りだろうか。
 恭四郎のほうも、店の制服を身につけている。
 厳密には「服」ではなく、店名のロゴが入ったエプロンである。淡いピンクと白のストライプ柄は、二十歳(はたち)の男にはかわいらしすぎる感じも否(いな)めないが、下は私服のままでいいので楽は楽だ。
「トリプルいちごスペシャルと、キャラメルチョコバナナクレープを下さい」
 ひとりがまとめて注文した。
「かしこまりました。トリプルいちごスペシャルと、キャラメルチョコバナナですね」
 ふたりと順に目を合わせ、恭四郎はにっこりする。どちらもはにかんだ笑みを返してくれる。
 店員さんが全員かっこいい神クレープ屋さん、とどこぞの高校生がSNSに投稿しているのをバイト仲間が見つけて、恭四郎にも見せてくれたことがある。そいつがやけにうれしそうだったので、恭四郎も適当に調子を合わせておいたものの、特段心は動かされなかった。むろん、けちをつけられるよりは好意的に書かれたほうがいいけれども、しょせんは見ず知らずの他人にすぎない。どうでもいい。友達には意外だと言われるが、恭四郎はあまりSNSに興味がない。現実で手一杯なのだ。
 そのSNSの世界も含めて、昨今は他人の容姿をとやかく言うべきではないという風潮もあるようだが、十代の少女にしてみれば知ったことではないのかもしれない。まあ無理もない。普通に生活していれば、「かわいい」だの「美人」だの「イケメン」だのといった言葉を見聞きしない日はまずない。親を筆頭に、周りのおとなたちだって、大半が気にせず口にしているはずだ。そんな環境で育った子どもに、いきなり正論をぶつけるのも無茶だろう。「ブス」と言ってはまずいというところまではぎりぎり理解させられたとしても、「かわいい」と褒(ほ)める分には問題ないじゃないかという話になりそうだ。かくいう恭四郎も、納得いくように説明してみせろと言われたら自信はない。
 注文したほうのひとりが、もう片方になにやら耳打ちしている。そろって恭四郎をちらっと見やり、くすくす笑う。
 女子高生が男の店員について意見を表明するのは、まだセーフなんだろうか。じゃあもし男子高生と女の店員だったとしたら、どうなのか。
 なんとなくうんざりしてきて、恭四郎は考えるのをやめた。どのみち気を散らしているひまもない。
 注文のメモを片手に、キッチンに移動する。といっても、カウンターの中で数歩右にずれるだけだ。週末や、平日も夕方以降は客足が増えるので、レジとキッチンで担当を分けているが、この時間帯はひとりで回さなければならない。
 それでも、店内にテーブルを置くのをやめてテイクアウト専門になって以来、ずいぶん楽になった。かわりに、店の前に小さなベンチを出している。そこに座って食べていく客も多い。通行人がつられて入ってくることもあって、営業戦略としても悪くない。
 L字のカウンターの角に作られたキッチンは、ガラス張りなので客から丸見えだ。女子高生たちが恭四郎の正面に陣どって、手もとに見入っている。
「常に見られていることを意識してちょうだいね」
 オーナーは言う。
 クレープ屋のほか、焼肉屋とたこ焼屋とスペインバルも経営している、やり手の中年女性である。どの店ももれなく対面式のカウンターやオープンキッチンを備えた、彼女いわく開放的な、つまり「常に見られている」つくりになっている。
 この店にアルバイトとして雇われるにあたり、見た目はおそらく採用基準のひとつに含まれている。
 顔の造作そのものというよりは、全体の雰囲気が重視されている印象がある。恭四郎は残念ながら目をひくような美形というわけではないものの、上背があり、なにより愛想がいいのが評価されている気がする。接客のみならず、クレープの調理だってお手のものだ。顔だけよくて仕事の出来はおそまつな同僚もいる中で、そうとう役に立っているほうだと思う。
 薄い生地はあっというまに焼きあがってしまう。段取りよく進めなければならない。スライスしたいちごとバナナ、それから生クリームを冷蔵庫から出しておく。チョコレートソースとキャラメルシロップも調理台に準備してある。
 鉄板を熱し、中央に生地を流し入れて、湿らせたトンボで薄くまるくのばしていく。表面が乾いてふつふつと浮いてくるのをみはからって、ひっくり返す。ここまででたった三十秒程度だ。裏面なんて、ものの二秒で焼けてしまう。火を入れすぎると水気が飛んでぱさぱさになってしまうので、手早くひきあげる。あとはトッピングの具材を間違えないように包めば、できあがりだ。
 店員がこんなことを言うのもなんだが、クレープというのは中途半端な食べものだ。腹にたまらないし、食べづらい。ここで働き出してそろそろ二年近くも経つというのに、どうしてこんなに人気があるのか、いまだに解(げ)せない。
 この薄っぺらい生地は必要だろうか、と毎度思う。けしてまずくはないが、味わい深くもない。中身だけ食べればよくないか。しかも強気なことに、これで数百円もとる。牛丼でもハンバーガーでも食べられる値段である。言うまでもなく、原価率はおそろしく低い。そうしてしぼり出された利益から恭四郎の時給もまかなわれているわけで、口出しできる筋あいではないけれど。
 とりえといえば、見映(みば)えだけだ。その唯一の美点をそこなわないように、恭四郎はできあがったクレープを丁寧に紙でくるむ。
 ガラスの向こうでは、女子高生たちがなぜかじゃんけんをしている。クレープを食べる順番を決めているのだろうか。勝ったほうが拳を突きあげ、負けたほうが絶叫してしゃがみこむ。楽しそうだ。
 恭四郎の予想に反して、じゃんけんはクレープとは関係がなかった。
 会計をすませ、焼きあがったクレープを手渡すと、チョコバナナを受けとったほうが意を決したように身を乗り出した。
「あのう」
 と口を開く。さっきメニュウ表をためつすがめつして熟考していたときと同じ、真剣なまなざしだ。
「はい?」
「彼女とか、いますか?」
「います」
 恭四郎は即答した。「彼女」ではなく「彼女とか」と聞かれているのだから、あながちうそともいえない。
 それに、いるようないないような、と馬鹿正直に答えようものなら、またややこしいことになりそうだ。

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 日曜日の午後、優三郎(ゆうざぶろう)が自室で本を読んでいたら、「優(ゆう)ちゃん、いる?」と廊下のほうから声がした。返事をするまもなく、襖(ふすま)が勢いよく開く。
「ちょっといい?」
 これにも返事をするより先に、恭四郎がずかずかと入ってきた。
「どうした?」
 優三郎はあきらめて本を閉じた。恭四郎が畳の上にあぐらをかく。
「あのさ、相談があるんだけど」
 兄弟ひとりひとりの個室は、三部屋とも二階にある。
 優三郎は、階段を上がってすぐのところにある、北向きの四畳半で寝起きしている。和室なので朝晩ふとんの上げ下ろしをしなければならないのが難だけれど、慣れてしまえばどうということもない。
 恭四郎のほうは、廊下を挟んではす向かいにあたる、南側の六畳間を使っている。そちらは洋室だ。もともと真次郎(しんじろう)と優三郎が共有していた。おそろいの学習机をふたつと二段ベッドを置くと、部屋はほぼいっぱいになった。真次郎が上の段、優三郎はその下で眠っていた。
 やがて中学に上がった真次郎が、個室がほしいと両親に訴えて、隣の部屋を勝ちとった。そして入れ替わりに、恭四郎が乗りこんできた。
 優三郎が二段ベッドの下段を譲ろうとしたら、上がいい、と恭四郎は断固として言い張った。幼稚園児には危ないんじゃないかと両親に諭(さと)されても聞く耳を持たず、優三郎が引き続き下で寝ることになった。高校に入るまで、それが続いた。
 優三郎は兄と違い、中学生になってもひとり部屋がほしいとは言い出さなかった。父も母も仕事がたてこんでいた時期で、面倒をかけるのは気がひけたのだ。唯一余っていたこの四畳半は、当時は物置と化していたから、片づけるとなると大仕事になるはずだった。それに、弟と同室でも、優三郎はさほど不便を感じていなかった。恭四郎は自室に長時間こもるタイプではない。昼間は学校なり、友達と遊ぶなり、外に出ていくことが多い。家にいるときも、リビングでテレビを見たりゲームをしたり家族と喋(しゃべ)ったりしていて、部屋にひっこむのはほとんど寝ている間だけなのだった。
 優三郎が高校に入学したのをきっかけに、ようやく部屋を分けようという話が持ちあがった。
 家族総出で、四畳半を整理した。なつかしいものが続々と発掘された。そのたびに作業が中断されてしまうので一向にはかどらず、何日もかかった。
 ひと月後、どうにか部屋が空っぽになったところで、恭四郎が上目遣いで優三郎に問いかけてきた。
「どっちがいい?」
 優三郎はがらんどうの和室をあらためて見回した。
 片づいたのはいいけれど、色あせた畳がむきだしになったせいか、よけいにわびしい雰囲気が漂っている。しかも暗い。広さにしても陽あたりにしても、今使っている六畳間より見劣りするのは確かだった。
「恭四郎は?」
 察しはついていたものの、優三郎はたずね返してやった。案の定、恭四郎はかわいらしく小首をかしげて、
「おれ、今の部屋のほうがいいな」
 と答えた。
「じゃあ、僕がこっちに移ろうか」
「ほんと?」
 恭四郎の顔がぱあっと明るくなった。が、横で聞いていた真次郎から、すかさず横やりが入った。
「いいのか、優三郎。兄貴だからってがまんすることないぞ」
「なんだよ、真(しん)ちゃんは関係ないじゃん」
 恭四郎がさも迷惑そうに眉をひそめた。
「だっておかしいだろ。なんで小学生が高校生より広い部屋をもらうんだよ」
 おれの部屋より広いぞ、とぶつぶつ言っている。そこがなにより気に入らないのかもしれない。
「そうだ、じゃんけんすれば? そのほうが公平だろ」
「なんで真ちゃんが決めるの? 優ちゃんとおれの話でしょ」
 恭四郎がむくれる。
 しかし結果的には、優三郎は新しい部屋を気に入った。
 真次郎から告げ口された父が、不憫(ふびん)に思ったようで畳を張り替えてくれたのだ。ついでに窓の障子と押入れの襖も替えた。さらに、天井の照明を明るい電球に交換すると、すっかりみちがえた。いいないいなと恭四郎は騒いだ。無欲の勝利だな、と真次郎はもっともらしく言っていた。

 あの頃と変わらない、甘えるような上目遣いで、「ちょっと困っててさ」と恭四郎は切り出した。
「前に優ちゃんにも話してた、彼女のことなんだけどね」
 話しはじめたそばから、ああ違う、と言い直す。
「もう元カノか」
「別れたの?」
 確か、クリスマスの前につきあい出したばかりじゃなかったか。まだ三カ月しか経っていない。
 そのときも、恭四郎は優三郎に「相談」を持ちかけてきた。事情を聞かされた優三郎は、やめておいたほうがいいんじゃないかととめたのに、結局つきあうことになったと後から報告された。
 でもやっぱり、うまくいかなかったわけだ。
「うん、まあね。なんか違うかなって」
 恭四郎はいつもそうだ。すぐつきあって、すぐ冷(さ)めて、すぐ別れる。
 来る者拒(こば)まず、去る者追わず、が基本方針らしい。本人に悪気はなさそうだし、相手も似たような恋愛観の持ち主であれば双方割り切って楽しくやれるのだろうけれど、必ずしもそうとは限らない。
「で、若干もめちゃって」
 恭四郎は憂鬱(ゆううつ)そうに言い添える。
「別れたくないって言ってるんだよ、向こうが」
 それはもめるだろう。
「そんな冷たい目で見ないでよ。傷つくなあ」
 恭四郎は芝居がかったしぐさで胸を押さえ、あおむけに畳に倒れこむ。ちっとも傷ついているようには見えない。それを言うなら、一方的に別れを告げられた彼女のほうが、よっぽど傷ついているだろう。
「すっきり別れたいんだけど、どうしたらいい?」
「知らないよ、そんなの」
 知るわけがない。優三郎にとっては、まったくもって未知の状況である。不可解な状況でもある。これまでも、たぶん、これからもずっと。
 まあ、そんなことは恭四郎もわかっているだろうが。
「ね、占ってくれない?」
 恭四郎が上体を起こし、本題に入った。
「占いなら、プロに頼めば?」
「やだよ、親に恋愛の話なんかするの」
 恭四郎は言下に切り捨てる。
「真ちゃんに頼むのも、なんか大ごとになりそうで、めんどいし」

(つづく) 次回は2022年9月1日更新予定です。

著者プロフィール

  • 瀧羽麻子(たきわあさこ)

    2007年『うさぎパン』で、第2回ダ・ヴィンチ文学賞大賞を受賞し、デビュー。19年『たまねぎとはちみつ』で第66回産経児童出版文化賞フジテレビ賞を受賞。作品に『ふたり姉妹』『あなたのご希望の条件は』(いずれも祥伝社)、『女神のサラダ』『ありえないほどうるさいオルゴール店』『もどかしいほど静かなオルゴール店』『博士の長靴』など多数。