物語がつまった宝箱
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  • 2(3) 2022年9月15日更新
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 深呼吸をひとつして、真次郎(しんじろう)はドアをノックした。
「失礼します」
 声を張り、室内に足を踏み入れる。向かいあわせのソファに座っているふたりが、同時にこちらを見やった。
「おひさしぶりです」
 父の向かいに腰を下ろしている轟木(とどろき)氏に、真次郎は丁重(ていちょう)におじぎした。
「やあ、しばらくだね」
 轟木が鷹揚(おうよう)にうなずいた。
「どうだい、調子は?」
「おかげさまで、なんとか」
 つい数分前に送り出したばかりの客の顔を、真次郎は思い浮かべる。
 二カ月ぶり、二度目の来店となる金子(かねこ)夫人は、初回よりもいくらか顔色がよくなっていた。今日は泣き出してしまうこともなかった。夫の再就職先がようやく決まりかけているらしい。
「しかし、真次郎くんも立派になったなあ。あんなに小さかったのに」
 顔を合わせるたびに、轟木は嘆息(たんそく)してみせる。
「わしも老いぼれるはずだよ」
「そんな。お元気そうでなによりです」
 おせじではない。八十代には、とても見えない。
 若々しいというよりは、年齢不詳といったほうがしっくりくる。なにもかも見透かしているかのような強いまなざしも、腹の底から響くような大声も、真次郎が幼かった頃から変わらない。肌つやもよく、小柄ながら背筋はしゃんと伸びていて、独特の威厳(いげん)に満ちあふれている。
「いやあ、最近はあちこちガタがきちまってね。年齢も年齢だし、そろそろのんびりしたいんだけども」
 口では言いながらも、のんびりする気は皆無だろう。
 轟木猛(たける)は、辣腕経営者として地元で広く名を知られている。若くして轟木不動産の社長に就任して以来、順調に事業を拡大し、県内有数の優良企業に育てあげた。十年ばかり前に社長の椅子を長男に譲り渡した後も、会長として引き続き実権を握っているというもっぱらのうわさだ。
 父と轟木のつきあいは長い。
 出会いは、四十年以上前にさかのぼる。父はまだ十代で、家出同然にして都会へ出て来たところだった。
 父は信州の生まれだ。思春期を迎えたあたりから、こんな狭い田舎(いなか)で一生を終えたくないと思い詰めるようになり、十七歳で高校を中退して上京した。頼みの綱は、東京で就職した先輩だった。身ひとつで彼のアパートに転がりこみ、どうにか仕事も得た。こぢんまりとした工務店の鳶(とび)職である。
 ある日、仕事が終わった後に、うまいものを食わせてやろうと親方に言われた。父はふたつ返事で同行した。
 得意先の接待だった。親方は初対面のふたりをひきあわせ、「こちらは轟木不動産の若社長」、「これは先月うちに来た若い衆です」、とそれぞれを紹介した。
「なかなか骨のあるやつなんで、社長とは気が合うんじゃないかと思いまして」
 という親方の読みは、みごとにあたっていた。
 親子ほどの年齢差があるにもかかわらず――実際、轟木の子どもたちは父と同世代である――、ふたりは初日からやけにうまが合ったらしい。
 若社長という肩書だけ聞いた父は、甘やかされた坊ちゃんを想像したというが、とんでもなかった。今でこそ羽振りのいい轟木不動産も、ずっと順風満帆(じゅんぷうまんぱん)だったわけではない。経営不振で倒産しかかっていた時期もあって、轟木は借金まみれの貧乏な子ども時代を送ったそうだ。
「このどん底から這(は)いあがるためだったら、なんでもやってやろうって決めたんだ」
 そうやってがむしゃらに突き進んできた轟木は、同じく無鉄砲ともいえる勢いで身を立てようとしている父を、いたく気に入ってくれた。
「たいしたもんだ、その年齢(とし)で立派に自活して」
 轟木が自社を立て直すべく奮闘をはじめたのも、当時の父と同じ年頃だったらしい。
「ひとかどの人物になるには、若いうちに苦労することだ。その点、うちの子らは軟弱でいかん。豊(ゆたか)くんの爪(つめ)の垢(あか)でも煎じてのませたいね」
 父は父で轟木を慕い、腹を割ってなんでも話した。人生について、仕事について、それから家族についても。
「轟木さんみたいな親父がほしかった」
 父がもらすと、轟木はからからと笑った。
「おれも、豊くんみたいな息子がほしかったな」
 仕事抜きで、年齢の離れた友人としての交流が続いた。高級な寿司屋に連れていってもらったり、ゴルフを教わったり、夜の街に繰り出したりもした。
 そうして一年ばかりが経(た)った頃、轟木はもったいぶった調子で切り出した。
「今日は、とっておきの店に行こう」
 有名な老舗(しにせ)料亭だろうか、はたまた会員制のクラブやバーだろうか、とわくわくしてついていった父は、肩透かしを食らった。轟木に連れていかれたのは、古ぼけた喫茶店だったのだ。
 轟木は慣れた足どりで店の中へ入っていった。
 外観だけでなく、内装もぱっとしなかった。安っぽいスツールの座面はところどころ破け、うっすらと埃(ほこり)をかぶった造花がカウンターの隅に置かれ、仰々しい見出しの躍るスポーツ新聞と週刊誌が古くさいラックにささっている。生まれ故郷の田舎町にあったとしてもおかしくないような、いかにもあか抜けない店内を見回して、誰も客がいないのも道理だと父はひそかに思った。
「いらっしゃい」
 カウンターの向こうにいた老店主が、しゃがれ声でふたりを出迎えた。めがねを押しあげ、品定めするように父をじろじろと観察して、
「この子かい」
 と言った。
「ええ。お願いします」
 轟木がうなずいた。どうやら、事前に父のことを話してあったらしい。しかし轟木がなにを「お願い」したのか、当の父にはてんで見当がつかなかった。
「座って」
 店主に手招きされ、カウンターを挟(はさ)んで向かいあった。
「あんたは、とても強い星に守られている」
 開口一番、重々しく告げられて父は困惑した。
「星?」
 わけがわからない。助けを求めて隣の轟木に目をやったが、満足げにうなずき返されただけだった。
 永泉堂(えいせんどう)、というのがその店の名前だった。
 表向きは喫茶店だが、コーヒーではなく店主の占いをめあてに訪ねてくる客のほうが多いそうだ。轟木もそのひとりだった。先代の社長の時代から、なにかあるたびに相談しているという。
 父はそれまで、占いというものに微塵(みじん)も関心がなかった。ないどころか、なんだかあやしげでうさんくさい、という先入観を抱いていた。常に冷静沈着で理性的な轟木が占い師のもとに通っているなんて、にわかには信じがたかった。
 だが轟木の手前、そんなことを言えるはずもない。
 しかたないので、そのままおとなしく占ってもらった。そして仰天した。過去にまつわる店主の見立ては、ことごとく的中していた。事前に轟木から聞いたのかもしれないという疑念も脳裏をよぎったものの、すぐに消えた。轟木に話したことのない事柄も多かったからだ。すごいものだ、と素直に感心した。
 とはいえ、いくら感銘を受けたからといって、占い師になりたいとその場で一念発起したわけではない。ならないかと店主にすすめられたわけでも、いわんや、なれと強要されたわけでもなかった。
 ところが翌週末も、気づけば父は永泉堂に足を向けていた。なにか奇妙な引力でもって吸い寄せられるように。
 唐突に訪ねてきた父の姿を見ても、店主は眉ひとつ動かさなかった。約束していた客がやってくるのは当然だと言わんばかりに、無表情のまま、カウンターの内側へ父を招き入れた。
 休みの日ごとに、父は永泉堂へ通うようになった。
 客は続々とやってきた。見習いだ、と店主は父のことを紹介した。父のほうは、彼のことを師匠と呼んだ。こまごまとした雑用をこなしつつ、占いの基礎をみっちりとしこんでもらった。学べば学ぶほど奥が深かった。平日も、家に帰ってから、師匠に借りた本を読んで勉強した。やがて、ぽつぽつと接客もさせてもらうようになった。
 十年後、師匠は引退を宣言し、生まれ故郷に帰っていった。
 その後はすべて師匠の言い残したとおりに事が進んだ。永泉堂の店舗と土地がともに轟木不動産のものであることを、父ははじめて知らされた。轟木は老朽化の進んでいた建物を解体し、跡地に五階建てのビルを建てた。父は鳶の仕事を辞めて、占い師を本業にすると決めた。
 そのようにして東泉堂(とうせんどう)は開業した。まだ真次郎が生まれる前の話である。
「人生ってのは、なにが起きるかわからんもんだ」
 父はつねづね言っている。
 なにが起きるかはわからないけれど、なにが起きそうか予測することはできる。それが占いだ。
「轟木さんはうちの恩人だ」
 これも、ことあるごとに言う。
 轟木は父を占いの世界へ導いた案内人であり、東泉堂にとって最も重要な顧客でもある。同時に、強力なパトロンとして、また広告塔としての役割も果たしてくれた。なにしろ顔が広い。おかげで、一時は永泉堂時代に比べて半減してしまった客足も、じわじわと持ち直していった。
 東泉堂の営業戦略についても、轟木に助言を受けたらしい。
 世間には占いに対する偏見がはびこっている。それを覆(くつがえ)すような店づくりをしよう、と轟木は提案した。
 まさに父自身も、かつては占いというものを信用していなかっただけに、説得力のある意見だった。占いそのものをどうしても受けつけないというならいたしかたないけれど、単なるイメージだけで拒絶されるのはもったいない。
 客を不安にさせない、というのが、父と轟木の打ち出した基本方針だ。
 ただでさえ人生に迷っている客を、謎めいた空気でおどしたり惑(まど)わしたりして煙に巻くようなやりくちは、もう古い。接客にあたる物腰も、身だしなみも、店舗の雰囲気も、いい意味でまっとうだと感じてもらえるといい。かといって、あまりに平凡すぎても味気ないので、やはり多少は神秘的な風情もほしい。そんな要望をもとに、轟木が懇意(こんい)にしている腕利きのインテリアデザイナーが内装をしあげてくれた。
 今でも、轟木は二、三カ月に一度のペースで来店する。
 相手をするのは父だけれど、真次郎も接客中でない限りは挨拶(あいさつ)するようにしている。東泉堂の一員として、万が一にも失礼があってはならない。
「それにしても豊くんは幸せ者だな。こんなにしっかりした跡取り息子がいてくれれば、東泉堂は末永く安泰(あんたい)だ」
 他の客たちの間では、父は「豊泉(ほうせん)先生」と呼ばれているが、轟木だけは昔のよしみで本名を使う。
「いえ、まだまだ勉強中です」
 真次郎はかしこまって答える。
 轟木としては励まそうとしてくれているのかもしれないけれど、こんな社交辞令を真に受けるほど真次郎はおめでたくない。轟木が自身の「跡取り息子」に対してどれだけあたりが強いかを考えれば、のんきに喜ぶ気にはなれない。
「悪人じゃないんだが、人間の器が小さいんだな」
 いつだったか、轟木が父にぼやいているのを聞いてしまったことがある。
「つまらんやつだよ、まったく」
 実の父親からあんなふうに評されたら、真次郎はしばらく立ち直れないだろう。しばらくというか、ほとんど永久に。
「まあ、がんばんなさいよ」
 轟木からゆったりと微笑(ほほえ)みかけられて、真次郎も笑顔をこしらえる。
「ありがとうございます。これからも精進します」

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 優三郎(ゆうざぶろう)のひいたカードには、ひげ面の老人が描かれていた。頭に王冠をかぶり、ものものしいマントを身にまとっている。
「なにこれ? 王様?」
 恭四郎(きょうしろう)はたずねた。
「皇帝だよ」
「どういう意味?」
「行動によって未来をきりひらく」
 優三郎は厳かに答え、そのカードを恭四郎に差し出した。
「つまり?」
 占いに特有の、こういう漠然とした表現が、恭四郎は苦手だ。もっと具体的に言ってくれないとわからない。
「思い切って行動を起こすべきだってこと。別れたいなら、別れたいってストレートに言うのがいいと思う」
「言ったんだけどな、一応」
「じゃあ、言いかたがよくなかったのかも。恭四郎の気持ちがちゃんと伝わってないんじゃないかな」
 確かに、ストレートに本音をぶつけたとはいえない。
 彼女を傷つけないように――また、これ以上怒らせて事態がいよいよこじれないように――言葉を選んで、お互いのために別れたほうがいいのではないか、という流れに話を持っていったのだ。あれでは弱かっただろうか。もう疲れたから別れてくれ、と率直に言ったほうがよかったのか。
「でも、ちゃんと聞いてくれるかなあ」
 優三郎の言葉を疑うわけではないが、熱くなりがちな彼女の性格を考えると、やや不安があった。恭四郎はどちらかといえば、直球を投げるより、様子をうかがいつつ相手の頭が冷えるのを待つほうが得策ではないかと考えていた。
「大丈夫。真剣に話せば、相手もわかってくれる」
 優三郎は自信ありげに言った。
「念のために聞くけど、本気で別れたいんだよね?」
 落ち着いた調子で、たずねてくる。前回も思ったことだが、タロットカードを広げていると優三郎は、いつになく堂々として見える。
「恭四郎の意思しだいで結果は変わってくるから。たとえば、やり直してもいいって気持ちが、まだ少しでも残ってるんだとしたら、彼女のほうもあきらめてくれないよ」
「ない、ない。完全にゼロ。ていうか、マイナス」
 恭四郎はぶるぶると首を横に振った。
「別れたら、二度と元どおりの関係には戻れない。その覚悟はある?」
「ああ、望むところだよ」
 手もとのカードに目を落とし、威厳たっぷりににらみつけてくる皇帝をにらみ返してやった。

 晴れて自由の身になれるまでに、ひと月ほどを要した。
 優三郎の言ったとおり、心を鬼にして、別れてくれと繰り返した。おかげで彼女もついに納得してくれた。
 ただし、最後の捨てぜりふはなかなかすさまじかった。
「恭四郎くんは結局、誰のことも本当に好きになったことがないんでしょ?」
 中学時代に真次郎が占ってくれたときの言葉を、恭四郎は不意に思い出した。全体運、金銭運、家族運、仕事運、といろいろあったが、中でも強烈に覚えているのは恋愛運についてだ。
 異性の間を奔放(ほんぽう)に飛び回り、恋多き男に見えるが、実は理想の女性を探し求めているだけ。これぞという相手を見つけたら、一途(いちず)に想い続ける。
 というようなことを言われて、恭四郎はどきりとしたのだった。
「誰だってそうなんじゃないの? せっかく理想の女が見つかったんだったら、そのひと一筋になるでしょ」
 動揺を隠すためにへらへら笑いつつ、混ぜ返した。
「まあ、そうかもね」
 優三郎もためらいがちに同意してくれたが、真次郎は不服そうに反論してきた。
「さっきの優三郎の結果と比べてみろよ。明らかにこっちが恭四郎だろ」
 優三郎のほうはというと、確かこんな感じだった――恋愛に関しておくてで、異性に心を開くまでに長い時間がかかってしまう。あせらずに一歩ずつ、相手との信頼関係を築いていくべき。

 優三郎には、もちろん心からお礼を言った。
「ありがとう。優ちゃんのおかげで、助かった」
 またなにかあったらよろしくね、とつけ加えると、苦笑された。
「人気者はつらいね」
「いやいや、優ちゃんだって人気あるでしょ?」
 優三郎は、兄弟の中で飛びぬけてきれいな顔をしている。
「そんな、全然だよ」
 ゆらゆらと首を振るだけで、なぜか様になっている。
 謙遜(けんそん)してみせたつもりならいやらしいが、案外そうでもないのかもしれない。美しすぎる男は、逆に異性から敬遠されてしまうふしもある。かまわず寄ってくるのは、よっぽど自信のある女か、極度の面食いか、その両方だろう。いずれにしても、あまりお近づきにはなりたくない。負け惜しみでもなんでもなく、そこそこ平凡なほうが生きやすいような気がする。
 一方で、もったいない、と身内として歯がゆく感じることもある。
 まず、猫背は治したほうがいい。それから、おどおどと周りをうかがう癖も、なんとかしてほしい。堂々としていれば格好がつくのに、挙動不審に見えてしまう。とはいえ、わらわらと女が寄ってきたとしても、優三郎に対処しきれるはずもない。このくらいで、ちょうどバランスがとれているともいえるかもしれない。
 それに、優三郎にはすでに「信頼関係」を築けている相手がいる。たぶん「理想の女」でもある。 
「優ちゃんのほうは、最近どうなの?」
 恭四郎は話を振ってみた。
「瑠奈(るな)ちゃんは元気?」
「うん、元気そうだよ」
 そっけない返事は、いつもと変わらない。
 淡々とした口ぶりには、気恥ずかしいとか、秘密にしておきたいとか、そういうよけいな含みが一切感じられない。ふたりでいることがあまりにも普通なので、そうとしか言いようがない、とでもいうような。
 十年もつきあっていたら、それが「普通」なんだろうか。恭四郎にとっては想像もつかない。
「そうだこれ、お礼に。よかったら、ふたりで来てよ」
 恭四郎はポケットからクレープの割引券を出して、優三郎に渡した。
「ありがとう。瑠奈も喜ぶよ」
 知っている。
 瑠奈は甘いものに目がない。中でもクレープは好物で、恭四郎のアルバイト先にもちょくちょく顔を出す。
 そもそも、店の存在を知ったきっかけも瑠奈だった。
 高校からの帰り道に、駅前で瑠奈とばったり行きあって、連れていかれたのだ。当時はまだ新装開店したばかりで、店先には求人の貼り紙が出ていた。
「アルバイト募集だって。恭四郎、やってみれば?」
 瑠奈は言った。
「おれ、一応受験生なんですけど」
「わかってるって。大学に入ってから、ってこと」
「受かればね」
「受かるでしょ、あんたは。勝負強いし」
 無責任に言いきる。
「あのエプロン、恭四郎に似合いそうじゃん? 倉庫なんかより、絶対いいよ」
 翌年の春、瑠奈の予言どおりに恭四郎は大学生になった。
 アルバイトをはじめたと報告したら、その日のうちに瑠奈は店までやってきた。入ってくるなり、エプロン姿の恭四郎を指さして笑い出した。
「やだ、ほんとに似合ってる!」
 アイス大盛り、プリン多め、チョコと生クリームもマシマシで、と悪びれずに指図(さしず)する。恭四郎は同僚の目を気にしつつも、注文どおりに作ってやった。
 盛りに盛ったクレープをぺろりとたいらげてしまうと、瑠奈は満足そうに出ていった。入口のドアが閉まるやいなや、興味しんしんで見守っていたバイト仲間が恭四郎にたずねた。
「あれって、東(あずま)くんの姉貴?」
「いや」
 否定しかけたものの、後が続かなかった。瑠奈との関係性を、ひとことで説明するのは難しい。
 子どもの頃は、幼なじみという感覚が強かった。近所に住み、家族ぐるみでつきあいがあった。瑠奈は優三郎と同い年で、恭四郎より五つ上だが、年齢の差はさほど意識せずに三人でよく遊んだ。
 中学時代に優三郎と瑠奈がつきあい出してからも、これといった変化はなかった。瑠奈は相変わらずふらっとうちに上がりこんでは、恭四郎であれ真次郎であれ両親であれ、居あわせた誰かと喋(しゃべ)ったりおやつを食べたりテレビを見たり、家族の一員さながらにくつろいでいる。
「ま、そんな感じ」
 迷った末に、恭四郎は言い直した。姉のようなもの、といっても間違いではないだろう。それに、いずれは義理の姉になるかもしれないのだ。

		***

 優三郎は迷った末に、ふとんの上で体を起こした。
 部屋は真っ暗だ。膝を抱えて息をととのえ、動悸(どうき)がおさまるのを待つ。全身がだるくて熱っぽい。額に手をあててみる。かすかに汗ばんでいる。
 新年度のはじまる春先には、優三郎は決まって体調をくずす。
 この季節につきものの環境の変化が、子どもの頃から苦手なのだ。新しい学校や教室に、クラスメイトや担任教師にも、慣れるまでに人一倍時間がかかった。社会人になってからも、年度の変わりめは職場全体がざわつきがちで、落ち着かない。
 昔から、気がかりなことや心配なことを抱えて精神的に落ちこむと、体のぐあいもおかしくなる。
 友達とけんかしたとか、学校の授業で発表しなければいけないとか、運動会やテストの前なんかもそうだった。夜にうまく寝つけず、眠れないせいで暗い想像ばかりがむくむくとふくらんで、身も心も重たいままに当日の朝を迎えるはめになる。頭痛や腹痛に襲われたり、悪寒(おかん)や眩暈(めまい)がしたり、熱まで出ることもあった。
 逆もある、と気づいたのは、いつのことだっただろう。
 明確な理由がないにもかかわらず、調子が悪くなる。その後で、なにかしらよくないことが起きる。
 絶対に起きる、というわけではない。単に風邪ぎみだっただけで、なにごともなく過ぎるときもある。どちらかといえば、そのほうが多い。
 でも、起きるときには起きるのだ。あたかも、直前の不調や苦痛が、迫りくる不幸の予兆だったかのように。この先に苦難が待ち受けているから覚悟しろ、とあらかじめ警告していたかのように。
 しかし厄介(やっかい)なことに、いったいなにが起きるのか、具体的なところはさっぱり見当がつかないのだった。
 この不可思議な現象について、両親に打ち明けてみようかと考えたこともある。思いとどまったのは、そんなことをしてもどうにもならない気がしたからだ。
 優三郎が体調をくずすたび、ただでさえ心配や迷惑をかけてしまっているのに、これ以上ややこしいことを言い出すのはしのびなかった。気のせいだろうと受け流されてもつらいし、仮に信じてもらえたとしても、いたずらに混乱させるだけでなんの役にも立たない。未来を正確に予見できるのなら、まだ打つ手もあるかもしれないが、あくまで可能性の話にすぎない。
 同じ理由で、兄弟や友達にも話す気にはなれなかった。不吉な予感に振り回されるのは優三郎ひとりでたくさんだ。
 本当は、瑠奈にも話すつもりじゃなかった。
 でも、あのとき、優三郎はすっかりまいっていた。それでつい、瑠奈に洗いざらいぶちまけてしまったのだ。
 幸い、瑠奈は真剣に聞いてくれた。優三郎を疑うことも、反対に、過剰にうろたえることもなかった。
 あれからずっと、瑠奈は優三郎の相談相手になってくれている。
 巻きこんでしまって申し訳ない気もするけれど、ひとりで思い悩んでいた頃よりずいぶん楽になった。それに、瑠奈は優三郎より格段に肝(きも)が据わっている。おろおろしがちな優三郎を「なるようにしかならないって」となだめつつ、なるようになった結果として困った事態が持ちあがれば、親身になって打開策を考えてくれる。
「もしかして、血筋なのかな?」
 だいぶ後になってから、瑠奈が思いついたように言ったことがあった。
「占い師って、未来をあてるのが仕事でしょ?」
「でも僕のこれは、あてるって感じじゃなくない?」
 ひょっとしたらなにかが起きるかもしれない、もしくはなにも起きないかもしれない、としか言いようがなく、それはすなわち、なにも言っていないに等しい。こんな占い師がいたら、客は怒るだろう。
 父や兄弟たちに同じことが起きているとも思えなかった。優三郎と同じく黙っているという可能性もなくはないけれども、少なくとも優三郎の知る限り、体調不良で苦しんでいる様子はない。
「確かに。おじさんも真ちゃんたちも、そういう感じじゃないね。いっつもめちゃくちゃ元気だし」
 瑠奈も同意した。
「ま、黙っとくほうが無難かも。優三郎はみんなを心配させたくないんだもんね? とりあえず、困ったときはあたしに言いな。ふたりで考えよう」
「ありがとう」
 すごく助かる。
「ごめんね」
 優三郎がつけ足すと、けげんそうに問い返された。
「ごめんって? なにが?」
「なんか、瑠奈にはいつも助けてもらってばっかりで……」
 言い終える前に、瑠奈はぞんざいにさえぎった。
「助けあうのは当然でしょ? うちら、友達なんだから」

 優三郎は寝床から這い出した。
 手探りで壁のスイッチを押して、電気をつける。明るい光でつかのま目がくらむ。まだかすかに眩暈が残っていて、手足に力が入らない。
 枕もとの時計に目をやる。午前二時を回っている。金曜日の晩は、週末の解放感に浮かれてつい夜ふかししがちだとはいえ、ふだんならさすがに眠っている時間だ。耳をすましても物音ひとつしない。
 寝静まっているはずの家族を起こしてしまわないように、そろそろと押し入れの襖(ふすま)を開けて、ひきだしからタロットカードを出した。
 五歳のときに父から譲り受けて以来、ひきだしの奥にしまいこんだまま忘れかけていたこれの存在を、再び思い出したのは高校時代のことだった。この和室へ移ってくるにあたって、荷物を整理している途中で発見したのだ。
 最初は、単純になつかしく感じただけだった。なんの気なしに、畳の上にカードを並べてみた。十年以上も経っているのに、意外と手順は忘れていなかった。
 占いたいことを心の中に思い浮かべながら、ひくんだよ。
 父の声がよみがえり、そこで、これは使えるんじゃないかとひらめいた。この先なにが起きるのか、予測する手がかりになるかもしれない。こんなふうに「再会」できたのも、なにかのめぐりあわせではないかという気もした。
 一枚一枚のカードが持つ意味は、父の本棚からこっそり拝借した入門書を読んで、勉強した。父や真次郎に手ほどきを頼めば、快(こころよ)く教えてくれるに違いないが、どうしてまた突然タロットに興味を持ったのかと聞かれても答えづらい。
 タロットを使ったからといって、先のことを細かく見通せるわけではない。カードの結果とその後に起きた現実が重ならず、首をひねってしまうときもある。間違ったカードをひいてしまったのかもしれない。カード自体は正しいのに、その示す意味を読みとりきれていないだけなのかもしれない。いずれにせよ、優三郎はプロではないので、どこでしくじったのか検証することもできずにあきらめるほかない。
 どのみち、気休めにすぎないというのは自覚している。これで問題が解決するわけではない。
 それでも、ささやかながら自分にもできることがあるというのは、悪くない。
「気休め上等じゃない?」
 瑠奈に話したら、笑って言われた。
「優三郎はちょっとでも気を休めたほうがいいよ」
 カードをまぜあわせ、切り、並べる。手を動かしている間ずっと、頭の中で知りたいことを唱え続ける。
 これからどんなことが起きるのか、教えて下さい。
 念じながら、一枚をめくる。

(つづく) 次回は2022年10月1日更新予定です。

著者プロフィール

  • 瀧羽麻子(たきわあさこ)

    2007年『うさぎパン』で、第2回ダ・ヴィンチ文学賞大賞を受賞し、デビュー。19年『たまねぎとはちみつ』で第66回産経児童出版文化賞フジテレビ賞を受賞。作品に『ふたり姉妹』『あなたのご希望の条件は』(いずれも祥伝社)、『女神のサラダ』『ありえないほどうるさいオルゴール店』『もどかしいほど静かなオルゴール店』『博士の長靴』など多数。