物語がつまった宝箱
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  • 赤へ(1) 2014年8月1日更新
 それじゃあ僕が送っていきますよ、と庸太郎は言った。ありがとう、お願いするわとミチが答えると、びっくりしているのが電話でも伝わってきた。辞退されるとばかり思っていたのだろう。辞退されることを見越して、その気もないのに申し出たのに違いない。体裁は繕うが心はないのだ。娘が伴侶に選んだのはそういう男なのだと、ミチはあらためて考えた。
 朝一番でやってきた引越業者は、ものの一時間もかからずに作業を終えて、トラックを出発させた。引越先の高齢者向けマンションの部屋は、四十二年間暮らしてきた家の三分の一ほどの広さもないから、持っていけるものも少ししかなかった。ミチはダイニングの椅子に座って待っていた。木の家具は処分せず置いたままでいいと、買い主の不動産屋に言われている。家を取り壊すときにもろとも始末できるらしい。愛着のあるテーブルや椅子が、ブルドーザーですくい上げられ叩き壊される様を想像しても何ほどもなかった。人生には何だって起きるのだと、もう知っている。
 車が駐車場に入ってきて、呼び鈴が一度だけ鳴ったが、ミチが立ち上がる前に庸太郎は勝手に入ってきた。鍵がかかっていなかったのだ。
「えらく蒸しますね、今日は」
「梅雨だもの」
「午後には降るらしいけど」
「車だからね、なんだっていいわ」
 会話はそんなはじまりかたになった。しかし、いったい何を喋ればいいんだろうと思っていたのだから、上出来だとも言える。庸太郎はいったいどんな顔であらわれるのだろうとも思っていたが、いたってふつうの顔をしていた。ふつうすぎる顔だ、とミチは思い、そういう男なのだとまた思った。
 庸太郎が二階から降りてくる。断りもせずにさっき上がっていったのだった。上背のある太った男なので、古屋の階段がミシミシ音をたてる。ともに暮らしていたときも、始終聞いていた音だった。この男のせいで家の劣化が早まるだろう、とミチは思っていて、実際のところ、思っていたのとはべつの意味でその通りになったのかもしれない。
「ほとんどそのままなんですね」
 降りてくると庸太郎はそう言った。
「変わりようがないもの」
 ミチは言った。
「それとも、ある? ふつうは模様替えとかなんかするものなの?」
「いや……」
 庸太郎は虫を払うような手つきをした。これにも覚えがある。家具がほとんど運び出されてないという意味だったのだ、というようなことをぶつぶつと言った。
「惜しいですね、いい家なのに」
 仕切り直しのように庸太郎はそう続けた。
「そう思うの?」
 とミチは言った。庸太郎は黙っている。
「あなたが買ってくれればよかったのに」
 そろそろ行きましょうか、というのが庸太郎の答えだった。ミチは立ち上がった。庸太郎に会うのは一年ぶりだった。深雪が死んでから一年が経ったということでもあった。

 ミチが三十歳で産んだ一人娘である深雪は、三十五歳で庸太郎と結婚した。
 ほとんど同時に、ミチの夫であり深雪の父親だった重一が死んだ。二年前からがんを患っていて、彼の命の刻限を知ってふたりは結婚を急いだのだった。急いだ、などという言葉は、深雪が死んだあとで庸太郎の口から出たものだったが。
 夫婦が深雪の実家でミチとともに暮らすことは、自然の成り行きとして決定した。ひとつには、夫の看病で当時ミチが心身ともに消耗しきっていた、という理由があった。深雪の結婚も慰めにはならず、むしろそのことでいっそう不安定になっていた。お母さんをひとりにしておけない、と娘から言われれば、ミチ自身もこの先この広い家にひとりぼっちで暮らすなんてとうてい無理だという気持ちになった。深雪は甘やかされ、甘えて育った娘だったということもある。ずっと庇護してくれた父親を失うことになり、その後釜として見つけてきたのが庸太郎だった、というふうにもミチの目には見えた。建築家であり大学で教えてもいた重一が建てた家は、都心ではないが通勤には不便のない町にあり、何よりこんな家に住めることを庸太郎も喜んでいる、と深雪は言った。
 庸太郎の意見をミチが直接聞くことはなかった。同居に関しても、ほかのことについても、すべて深雪からの又聞きだった。庸太郎が勤めている会計事務所で、深雪が秘書のアルバイトをはじめたことでふたりは知り合ったのだったが、結婚後、深雪はその仕事をやめてしまった。そういう慣例になっている、というのも庸太郎ではなく深雪から聞いたことだった。庸太郎が家でむっつりしていたというわけではない。どうでもいいことならそつなく喋った。感じが悪いわけでもなかった。ただ、面と向かい合っているときでも、彼の冗談らしきものに笑っているときでさえ、間に曇りガラスが一枚あるような印象があったが、義理の息子と暮らすというのはそういうものだろうとミチは考えることにしていた。
 夫婦は相性だとミチは思う。自分と重一のそれはよかった。だからこそ、諍いをしても修復することができたし、あのつらい看病にも耐えることができたのだ。深雪と庸太郎は、結婚するべきではなかったのだろう。何かがあってだめになったのではなく、最初から間違っていたのだ。庸太郎との間にあった曇りガラスが厚みを増して家の中のそこここに増えていくのと同時に、間違っていた、ということは逆にはっきりしていった。それでもまだミチは本当の意味では気づいてはいなかった。それまで通りに同じ家で暮らしていても、結婚した娘は自分のものではなくて庸太郎のものだ。今にして思えば、そんなふうに考えるべきではなかった。だがあのときは、その考えに従ってある種の知覚をあえて閉ざしていたのだった。
 ある朝、庸太郎がミチの部屋のドアを叩いた。同居三年目の六月だった。深雪はもちろん庸太郎の出勤に合わせて起床するが、ミチはあえてゆっくり寝ていることにしていた。庸太郎と、というより、娘が彼といる場面にはなるべく居合わせたくないと、その頃には思うようになっていた。お義母さん、すみません、起きてください、お義母さん。庸太郎の呼び声は取り乱しているようではなく、必要なことを知らせに来た、というふうだった。時計を見ると午前七時少し前で、何かが起きたのだということはわかったが、そのときミチはうんざりしただけだった。泣き叫んでいる深雪をなだめるとか、でなければ庸太郎が出勤していったあとで深雪の愚痴を聞くとか、思い浮かんだのはそういうことだったのだ。
 浴室の血はほぼ洗い流されていた。あんな有様をお義母さんに見せるわけにはいかないと思ったからそうした、と庸太郎は説明した。血と一緒にお湯も抜かれた浴槽に深雪は仰向けに横たわり、体にはバスタオルが掛けられていた。カミソリで動脈を切った左手は頭の上に上げられていたが、ぐるぐるに巻きつけられたタオルにはもう血は滲みだしていなかった。救急車のサイレンが聞こえてくると、それで深雪は目を覚ますような気がしたが、庸太郎はミチの心を読んだように、もうだめみたいです、と言った。
 深雪がカミソリで手首を切ったのは午前四時前後だろうと医者が言った。言わずもがな、発見が早ければ助かったのだ。朝起きてからさらに数十分が経つまで庸太郎が気づかなかったのは、夫婦は寝室をべつにしていたからだった。もう一年以上前から、庸太郎は書斎に布団を敷いて寝ていたのだった。

 少し戻るかたちで車は高速道路に乗り、西に向かって走り出した。
 引越先へ行く前に、深雪の墓参りに寄ることになっている。ミチが提案して、庸太郎は承知した。霊園はマンションと同じ市内にある。それで選んだマンションでもある。深雪は重一と同じ墓に入った。そのことも、ほとんど協議することもなく、ごく自然に決まった感があった。
 道は少し混んでいた。庸太郎はラジオをつけて渋滞情報を聞き、聞き終わるとほかの局に回して、若い男女のどうでもいいようなお喋りが流れてきたが、しばらくすると消してしまった。そのタイミングで「何か音楽でもかけますか」とミチに聞いた。ミチは助手席に座っている。
「おかしなものね、こんなふうにあなたと車に乗ってるなんて」
 返事のかわりにミチはそう言った。庸太郎は黙っている。ごまかしたり話題を変えたりするのならともかく、黙殺する選択肢があるというのは、いい大人としてどうなのだとミチは思う。
「よく辛抱してくれたものよね」
 勢いのままにミチは言い募った。庸太郎はちらりと横目でミチを見て、すぐに視線を前に戻した。と思ったら、
「で、疑惑は晴れたんですか」
 いきなり、そう来た。戦略のようなものなのだろう。ミチは慌てる。
「もう時効よ」
 それがいちばん適切な答えだと思った。疑惑が晴れたわけではない。だが今こうして、庸太郎の車の助手席に座っている。
「時効か」
 庸太郎は吐き捨てるように繰り返して、あらためてラジオをつけた。弱々しい男の声の、薄ぼんやりした恋の歌が流れてくる。

(つづく)

この続きは好評発売中『赤へ』(四六判)でお読みになれます。 この原稿は連載時のものです。刊行に際し、著者が加筆・修正しております。

著者プロフィール

  • 井上荒野

    1989年「わたしのヌレエフ」で第1回フェミナ賞を受賞しデビュー。2004年『潤一』で第11回島清恋愛文学賞を受賞。08年『切羽へ』で第139回直木賞を受賞。11年『そこへ行くな』で第6回中央公論文芸賞を受賞。著書に『もう二度と食べたくないあまいもの』(小社刊)など多数。