物語がつまった宝箱
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  • 第三回 2015年7月15日更新
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 度重なる心霊現象を問題視したのか、学校側が休日におはらいをおこなった。盛り塩と御神酒で校舎が清められる。霊感少女と呼ばれる私のもとに数人の生徒がやってきて、「幽霊の気配は消えたの? それとも、まだいる?」などと質問をうけた。すっかり幽霊はいなくなったし、もう心霊現象はおこらないだろう、と私は返事をした。霊感少女を演じるのは、そろそろやめておいたほうがいい。そのように判断したのだ。
 幽霊がいなくなったという話がひろまると、休みがちになっていた仲良しの友人たちが続々と学校生活に復帰する。しかし、はじめのうち彼らは気まずい表情で私と距離を置こうとする。私はその心情を察することができた。学校を休むほどの精神的ショックを彼らは受けたのだ。その原因となる幽霊は私が連れてきたことになっている。すぐさま元通りの関係性を築くのはむずかしいだろう。そう危惧したけれど、翌日にはもう以前とおなじように笑いあうことができていた。十人ほどのいつものメンバーがそろって、席を囲んでテレビや芸能人の話をする。休憩時間になっても、私はひとりにならない。仲良しグループのだれかが話し相手になってくれる。話し上手の友人がいつもおかしな話をしてくれて、華やかでエネルギーに満ちあふれた時間をすごすことができる。
「幽霊ってほんとうにいたんだね」
「マジやばかったよ。泣きそうだったもん」
 幽霊に足をつかまれたことを友人Aはわすれていない。しかし、心霊現象は私の自作自演だったのだ、と白状することはできなかった。そうしようとすれば、念力のことも説明しなくてはならなくなる。そこで私はあいまいにあやまっておいた。
「みんな、ごめんね。全部、私のせいなんだ。ほんとうにごめんなさい」
 復帰のお祝いに仲良しグループのみんなで出かけた。ボウリング、カラオケ、ゲームセンター、私たちはくたくたになるまであそんで、最後にファミレスでおしゃべりをする。みんながいない時期、私は霊感少女として様々な心霊写真を検証したという話をする。うちのクラスの男子とこっくりさんをしたこともおしえる。私はおもしろい話をしていたつもりだったが、霊障にトラウマのあるみんなは深刻な表情になり、こっくりさんに使用した私のお守りの十円玉を所持しているという蓮見恵一郎のことをみんなは本気で心配しはじめてしまう。
「大丈夫なの、そいつ」
「……ってか、そいつ、だれ? 蓮見恵一郎? そんなやつ、クラスにいたっけ?」
「星野にしか見えない幽霊だったらどうする?」
「こわっ!」
「ねえねえ、みんなは? 学校に来てないとき、うちで何してたの?」
 私は質問する。ひたすら音楽を聴いていたという者や、父親と釣りに出かけたという者がいたかとおもえば、真面目に勉強していたという者もいる。きれいでおしとやかな友人Bが、「休んでるとき、パンツ食ったの」などと回答したので、私はすっかりおどろいてしまう。
「え!? パンツ食べちゃったの? なんで? どうしてそんなことしようとおもったの!?」
 ファミレスの店内にひびきわたるほどの声を出してしまう。その場にいたみんなが、きょとんとした顔つきで私を見ていた。友人Bは、はずかしそうに頬を赤らめてうつむいてしまう。いつも私を子どもあつかいして頭をなでようとするイケメン男子の藤川が冷静な口調で言った。
「【パンツ、食った】じゃねえよ。【パン、作った】って言ったんだよ。強力粉とドライイーストをぬるま湯でまぜてこねて発酵させて生地をやすませて切り分けて形をととのえてパンを焼いたって意味だろ。文脈から察しろよ」
 そしてまたみんなで私の天然がいじられるパターンだ。グループを構成する仲間たちには、それぞれに役割がある。みんなをひっぱっていく司会者のような存在、だれかがおかしなことを言うとツッコミをいれる友人。バラエティ番組の収録風景のようだ。友人Aは気の利いた発言で会話のアシストをする。きれいでおしとやかな友人Bは、にこにことほほえんでいるだけでいい。私はすこし的外れなことを言って場をわかせる役だ。
「みんなさあ、私に天然というレッテルを貼ってる、そのこと、わかってる?」
 私がそう言うと、お調子者の男子が茶化す。
「レッテルを貼ってる、わかってる。韻をふんでる、星野、さえてる」  
「ラップみたいにするんじゃない!」
 会話はすすまない。私が博識ぶったことを言っても流されてしまう。ほとんどの時間、それでもたのしい。私は天然という役割を演じる。みんなと共有する場を大事にしたかったし、そのために演じる行為は、いわゆる音楽のセッションみたいなものだ。だけど、みんなとわかれてひとりで電車に乗っているときなど、つかれてため息が出てしまう。天然という枠組みに押しこめられて窮屈に感じていた部分があったのだろう。電車にゆられながら目をつむり、蓮見恵一郎をおもいだす。硬貨に人差し指をのせたときのことや、窓辺のクモの巣をながめたときのことを。

 仲良しグループのみんなが学校生活に復帰すると、教室で蓮見恵一郎と言葉を交わす頻度も減ってしまった。しかしメールアドレスの交換をしておいたので、何かと理由をつけては連絡をとっている。私は彼と話をしてみたかったし、彼はこっくりさんに私を誘いたがっているようだった。ある日の放課後、私たちは図書室でまちあわせをした。
「中学の同級生ともこっくりさんをしてみたけど、星野さんといっしょのときみたいには十円玉がうごいてくれなかったんだ」
「でしょうね」
「あの日は、星野さんの霊感にひきよせられて、霊が協力してくれたのかもしれないね」
 蓮見恵一郎は真剣に幽霊のことだけをかんがえている。むきあってすわっていても、彼には私のことが見えておらず、死後の世界ばかりをのぞきこんでいるのだ。さみしいような気持ちに、ならんこともない。
「僕といっしょに、また、こっくりさんをしてほしいんだけど」
「今日? いいよ、どこでやる?」
「うちに来てくれると、ありがたい」
 私たちは学校を後にして彼の自宅へとむかう。徒歩で十五分ほどの場所にあるらしい。彼の案内で古めかしい一軒家のならぶ地域へと入っていった。神社や石の階段があり、野良猫の横切る路地を通った。竹藪をながめながらお地蔵様の前を通りすぎて、夕闇のせまる空の下、私たちは連れだってあるく。
 いきなり自宅にさそわれて、まだ心の準備が、と私はおちつかない。しかし自宅でなければならない理由が彼にはあったのだ。
「妹の部屋で、ためしてみたいんだ。もしかしたら、妹の霊が返事をしてくれるかもしれない」
 彼の妹の名前は蓮見華。九歳のときに亡くなった。母親の目の前でダンプカーにひかれたそうである。蓮見恵一郎は妹のことを心の傷として抱えているようだ。彼女が死後の世界で幸福になれているかどうかを気にかけている。私は彼のやろうとしていることに従うつもりだった。そして心苦しいけれど、妹さんのふりをして十円硬貨をうごかし、彼に返事をしてあげよう。そうすれば心の傷もすこしは癒えるのではないか。だけど、それは、ほんとうにいいことなのだろうか。嘘をついて妹の幽霊がいたなどと主張すれば、いつまでも自分は彼の前で霊感少女を演じなくてはならなくなる。どうする? やめておくべき? 家にむかって移動する間、心がゆれうごく。しかし結局、その日のこっくりさんは中止となった。
 蓮見家の前に到着する。古くからあるような和風の一軒家だ。瓦屋根を持ち、玄関は引き戸だ。石垣が土地をぐるりと囲み、荒れた庭がひろがっている。車が二台も駐車されていた。片方は黒色の乗用車だ。それを見て蓮見恵一郎は怪訝な顔をする。眉間にしわをよせ、すこしかんがえるような表情を見せると、彼は言った。
「ごめん、星野さん、今日はやめておこう」
「どうして?」
「しりあいのお医者さんの車だ」
「お医者さん? なんでお医者さんの車が?」
「母が、ちょっとね……」
 彼のお母さんは、目の前で娘を失って以来、心に波があるという。普段は大丈夫だが、月に何度かパニックになるらしい。しりあいのお医者さんの車があるということは、今日はそういう日なのかもしれない、と彼は言う。
「帰ったほうがよさそうだね」
「せっかく来てくれたのに、ごめん」
 そんな状態のお母さんにご挨拶できるほど私の心もつよくはない。駅前まで送ると彼は言ってくれたが、私はそれを断る。
「帰り道はわかる。それより、はやいとこ、お母さんのところに行ってあげたほうがいいんじゃないかな、蓮見くん。ばいばい、また、学校で会おう」
 彼はすまなそうにうなずいて玄関にむかった。彼の姿が家の奥に消えるまで私はその背中を見つめる。同い年の男子にくらべて彼の背中はちいさい。まるで中学生のようにほっそりしている。だからよけい、彼の体にのしかかっている運命の重さや過酷さのようなものを感じてしまうのだ。
 私と蓮見恵一郎が廊下で立ち話をしたり、二人で連れ立って学校の外をあるいたりする様を、仲良しグループの人たちにもしっかりと目撃されていた。「あいつのどこがいいの?」などとイケメン男子の藤川にたずねられたので、「ほっといてよ」と私は言い返す。藤川は不機嫌そうな顔で「そうかよ」と言った。後に友人Aからメールでおそわったのだが、藤川はすこしだけ私に気があったらしい。想像もしていなかった話に私はおどろいた。彼が不機嫌になったのは、私を他の男子にとられたことに起因しているのだと友人Aは主張する。しかし冷静になってみれば、そんなことあるはずもなく、少女漫画好きの友人Aの妄想にちがいない。

 週末の天気は雨だった。母方の祖母の一周忌である。親戚のあつまりが大叔父の邸宅でおこなわれるというので、父の運転する軽自動車に乗りこんで一時間ほどドライブする。車は郊外にむかい、山道へと入っていった。フロントガラスにうちつける雨をワイパーがしきりに拭う。家を出発する前に、携帯電話を充電してくればよかった。車内でメールをながめていたところ、電池の残量がすくないことに気付く。
 大叔父の邸宅は山を切り開いた場所にある。広大な庭には観光バスが何台もとめられるような駐車スペースがあり、すでに親戚たちの車がならんでいた。門に設置されたインターホンを押すと、叔母が出てきて私たちをまねきいれてくれた。門から母屋まで和風庭園をながめながら傘をさして移動する。
 屋内に入ると、私を発見して、親戚のちいさな子どもたちが駆け寄ってくる。
「わー! 泉姉ちゃんだ!」
「あそんでー!」
 子どもたちは勢いよく私の体にしがみつく。そのせいでふらついてしまい、玄関にかざってあった立派な置物をおしりで押してしまう。たしか数百万円もする代物だ。それはかたむいて、床にたおれる寸前、ぴたりと静止する。念力をつかったのは叔母だ。目のうごきでなんとなくわかる。置物が垂直に立て直された。
「こら! あんたたち! 気をつけなさい!」
 叔母がしかると、子どもたちは「にげろー!」とさけんで飛んでいく。飛んでいくというのは比喩ではない。体をうかべて床の上をすべるように移動していったのだ。体重の軽いうちは透明な腕で自分自身をささえて飛ぶことができる。私もちいさなときはよくやっていた。
 祖母の仏壇に手をあわせ、大叔父たちの宴会のはしっこで料理をつまむ。畳の大広間に長テーブルがおかれて、寿司や唐揚げや煮物がならんでいる。母や叔母たちが空いた皿をかたづけたり、酒が切れていないかを気にしていたりする。大広間と炊事場を行き来する際、母方の家系の者は、透明な腕をつかって盆をはこぶことができるので輸送量が二倍である。しかし腕にかかる重みも二倍であるため、ほんとうにいそがしいとき以外はだれもやらない。
 結婚数年目の親戚のお姉さんが来ていた。妊娠しており、お腹がはちきれんばかりに丸くなっている。母や叔母たちがそのお腹を見せてもらっていた。
「泉、あんたも、さわらせてもらいなさい!」
 母が私を手招きする。親戚のお姉さんに許可をもらって、私は透明な腕をのばす。親戚のお姉さんのお腹は、見事に西瓜のような球体である。うすい衣類がその表面をおおっていた。透明な腕をそっと球体にさしこむ。子宮内でまどろんでいる胎児の手らしきものが、透明な腕の指先にそっと触れた。胎児のちいさな手の感触や熱が、私の人差し指にもつたわってきて感動する。
「つわりは? もうない?」
 母が親戚のお姉さんに聞く。お腹をさすりながら彼女は言った。
「もう落ちつきました。そのかわり、いたずらがひどいですね。料理中は特に気をつけてないと」
 お腹の中の赤ん坊も念力がつかえる。透明な腕をのばして、お母さんの周囲にあるものをべたべたとさわるのだ。それを私たちは、赤ちゃんのいたずらとよんでいる。筋力がないため、念力で物体をうごかすことはできない。まちがって心臓や脳をさわられてもたぶん平気だ。しかし、料理をしているときなど、熱したフライパンや鍋を胎児がさわらないように気をつけなくてはならない。電車に乗っているとき、痴漢が発生したとかんちがいされて、そばにいたサラリーマンがえん罪で逮捕されないように注意するひつようもある。
 酔っぱらった大叔父がやってきて、私の横に、どかりとすわった。大叔父は白い髭をのばした元気のいい老人だ。細身だが大食漢で、だれよりもお酒を飲む。
「どれ、赤ん坊をさわらせなさい」
 大叔父がいやらしい顔で言うので、叔母たちが立ちふさがって親戚のお姉さんを守った。子宮内に手を入れて胎児をさわっていいのは女性だけと決まっている。
 大叔父の魔の手から逃げ出して、私と親戚のお姉さんは、縁側に腰かけた。縁側からは雨に濡れた和風庭園をながめることができる。緑がいつもより濃い。池の表面にとめどなく波紋ができては消え、軒先から水滴が落ちている。湿った風が頬に気持ちよかった。
「あの人と、どこでしりあったんだっけ?」
 大広間で酒を飲まされて酔いつぶれている若い男性がいる。親戚のお姉さんの旦那さんだ。
「会社の同僚。手品マニアだったんだ」
「手品マニア?」
「忘年会でね、私が手品を披露したわけ。空中に瓶ビールとコップをうかせて、注いでみせたの。このこと、みんなにはひみつね」
 おそらく手品ではない。透明な腕をつかったのだろう。
「場は大盛り上がり。調子にのって、手をつかわずに上司のネクタイをしめてみせたら、これも大受け。あのときほど、念力をつかえてよかった! っておもったことはないよ。もしも念力だとばれてたら全員が消されていたかもしれないけどね。まあそれはともかく、あの人も自慢の手品を披露することになってたの」
 彼女の手品があまりにもあざやかだったので、彼のはさっぱり盛り上がらなかったという。手品マニアを自称する彼は傷つき、彼女に土下座をして、弟子入りを志願したそうだ。なかなかたのしそうな職場である。
「それから、なんやかんやあって、私のやっているのが手品なんかじゃないってばれて、超能力者だってことを白状せざるを得なかった。だから、結婚したんだよ」
「あの人を守ったんだね……」
 口封じのために消されない唯一の方法、それは、配偶者になることだ。
「守ったわけじゃないよ。結果は変わらなかったとおもう。むしろ、この人とだったら結婚してもいい、って直感したから白状したのかもね」
「ひみつを話すって、どんな感じ?」
「いいもんだよ。ほんとうの自分を見せられるってのは」
「いいなあ」
 こんな能力があったところで、だれかに自慢できるわけでもない。それどころか、ひみつをかかえているという意識が、他人との間に一枚、壁をつくってしまう。どんなに親しい友人ができても、この人は自分のことをほんとうに理解しているわけではないのだ、とおもえてしまう。だからこんな能力はいらない。もっとふつうの家系に生まれたかった。
 そのとき、子どもたちが廊下のむこうから飛んできて、私の首に次々としがみついた。「あそんで! あそんで!」とせがまれて、しかたなく私は親戚のお姉さんとの会話を中断する。
 子どもたちとあそんでいるうちに時間が過ぎた。夕方になり親戚たちが帰っていく。大叔父に挨拶して私と父母も帰路についた。父はお酒を飲んでいたので帰りは母が運転する。母はあまり車を運転しない人だ。ワイパーをうごかそうとしたところ、あやまってウィンカーを点滅させたりする。
 山道をゆるゆると走行しているとき、私の携帯電話にメールが届いた。蓮見恵一郎からだ。しかしその内容に私は首をかしげてしまう。
 
 待ちあわせ場所、星野さんも来ますか?
 雨なので、すこしだけ、おくれます。
 御友人の連絡先がわからないので、お伝えしていただけますか?
                蓮見恵一郎

 なんだこのメールは? 私たち会う約束でもしていただろうか。いや、そんな記憶はなかったし、過去のメールを読み返してもそれらしい記述はない。私は軽自動車の後部座席で携帯電話の画面とにらみあった。まがりくねった山道でそうしていると、乗り物酔いで気分がわるくなってくる。ともかく蓮見恵一郎にメールを送信してたずねてみた。その結果、判明する。
 蓮見恵一郎は本日の正午に、私の友人を名乗る人物から呼び出しをうけたらしい。自宅に電話がかかってきて「早急に会って話したいことがある」と言われたそうだ。午後六時に駅ビルで待ち合わせをしているという。しかし私にはまったく心当たりがない。蓮見恵一郎はだれかにだまされているんじゃないだろうか。
 母が慎重に山道を走行し、カーブを曲がるたびに、体が右へかたむいたり、左へかたむいたりする。乗り物酔いにたえながら、私は蓮見恵一郎あてのメールを作成した。待ち合わせ場所には行かないように、という旨の文章だ。送信しようとしたとき、画面が暗くなった。電池切れの表示が出ている。なんというタイミングのわるさ。私は愕然としてしまう。
「お母さん、私だけ駅でおろしてほしいんだけどさ、六時までに着く?」
 運転席の母に聞いた。
「六時? ちょっとそれはむずかしいかなあ」
 ワイパーが左右にせわしなくうごいて心をせかす。車と携帯電話をつないで充電するためのケーブルは手元にはなかった。蓮見恵一郎は電話の指示通り、駅へむかう可能性がある。なんだかいやな予感がした。

(つづく) 次回は2015年8月1日更新予定です。

著者プロフィール

  • 中田永一

    2008年、『百瀬、こっちを向いて。』で単行本デビューするや、各方面で話題に。14年には映画化され、再び注目を集める。著書『吉祥寺の朝日奈くん』『くちびるに歌を』もまた、映画化されている。