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  • 「ハダカの美奈子」林下美奈子著(講談社) 2016年5月1日更新
 ドキュメンタリー「痛快! ビッグダディ」シリーズに二度目の妻として出演、契約終了後にセミヌードグラビアを「FRIDAY」で発表したり、「中居正広の金曜日のスマたちへ」に出演したりと、芸能活動に意欲的なビッグダディの元妻、美奈子。自伝本「ハダカの美奈子」の出版記念イベントに行ったら、ふくよかな女性が多くて、ポッチャリ系の女性の希望の星というかカリスマになりつつあるようです。しかしメディア露出するうちにあかぬけて痩せてきた美奈子。どこか威圧感の漂うルックスが魅力です。その彼女の醸し出すフェロモンの秘密が、著書には書かれていました。
 帯には「15歳で妊娠 親からのDV 万引き 2度の離婚 シンナー 覚せい剤 殺された元カレ 元夫からのDV ミイラ化していた父親」と衝撃な言葉が並んでいます。トヨタに勤める父親と主婦の母親、弟と飼い犬というどこにでもある平凡な家庭に育った美奈子。しかし父は美奈子が中学に入った頃からDV体質に豹変。「家中を掃除しろ」と命じられて、美奈子は一晩中掃除し続け、途中で寝ると拳で殴られたり、木の棒やムチで叩かれたりと折檻され、怯える日々。睡眠不足のため眠気で授業が受けられず成績が下がって、荒れている高校にやむなく進学することになります。そこで美奈子はヤンキーグループに入って、金髪に染めて化粧をすることで、強くなれた気分に。この本では普通の人がなかなか知ることができないヤンキーライフが描写されています。
 まずヤンキーグループの通過儀礼は万引き。「試着室で着替えて、そのまま何事もなかったかのように外に出て行くって方法を教えてもらって、やってみたら本当にバレなかった」と、読者に犯罪テクを公開。別に必要に迫られているわけではなく、仲間外れにされるのを怖れて一緒に万引きしていたそうです。15年前なら一応時効でしょうか……。そしてヤンキーといえばシンナー。仲間に入りたくて皆と一緒に人気のない公民館の裏や友達の家、公園などで吸引したそうです。「サークルKのビニール袋が彼女たちの間では一番人気らしく、吸う時はだいたいいつもそのビニール袋」と、ヤンキーの風習が興味深いです。言われてみると一番おしゃれに見えてきます。「部屋を真っ暗にして、携帯なんかを充電してる時に灯る赤い光をじっと見ながらシンナーを吸うと、違う世界に行けたような気がしてきて……」。酒井法子の「贖罪」よりも正直な感想に好感が持てます。ちなみにシンナーが手に入らない時は粗悪なラッカーを吸引したけれど「なかなかトリップできないし、次の日残るし」とのことで、いつか役に立つかもしれないヤンキー豆知識。でもシンナーはまだいいとして、同級生にハメられて裏社会のオッサンにシャブ打ち3P に誘われた時は、さすがにまずいと思って逃げ出した美奈子。ギリギリのところでモラルは守っています。
 初体験の記述は官能小説チックで、美奈子はサービス精神旺盛です。高一の時の彼が叔父に殴られて鼻の骨を折って学校を欠席(荒ぶっている地域です)。男友達とお見舞いに行き、男友達が隣の部屋でギターを弾いている間に、いいムードになってキス、流れで押し倒され……「制服の上から胸をやんわり揉まれたあと、彼の手が少しずつあたしのパンティの上をなぞり始めた」「急に下半身に何か熱いものが押し当てられる感じがして、彼のモノがヌルッと入ってきた」と、臨場感あふれる描写です。しかし美奈子の子どもたちも読むかもしれないのにここまで書いて良いのでしょうか。ダディも本で「性の話もオープン。秘め事にする必要はない」と語っていましたが、これが林下家風の性教育なのかもしれません。美奈子は初体験の相手とは自然消滅し、その次にバイト先の和食屋で知り合った男子高校生に告白され、交際。しかしデートらしいデートはせず、彼の家で「女として愛されるセックスの素晴らしさ」を教えてもらったそうです。そして次に付き合った高校中退ヤンキー男子との間に子どもができてしまい、結婚。産婦人科に検査に行った時「ヌメヌメした冷たい何かが膣の中に入ってくる感触が……」とここでも唐突に官能描写が入ります。しかし夫はDV野郎で、馬乗りで顔をボコボコに殴られたり、髪をつかんで引きずり回されたり、ついにはシェルターに逃避する事態に。その後、元夫は飲酒運転して事故を起こし、逃げる途中でさらに人を轢いたりして逮捕されたそうです。
 この本で驚いたのは、ヤンキー界では事故や死が、すぐそこにあるということ。美奈子の元カレは18歳で集団リンチされて死に、一緒に飲みに行った幼なじみがその後交通事故死、そして暴力をふるった父親もミイラ化孤独死……。彼らが刹那的に生きている意味がわかった気がします。子だくさんなのも、死のリスクを考えた種の保存の本能からでしょうか。
 そんな美奈子の過去の男たちと比べると、ビッグダディが大人でまともに思えてきます。交際のきっかけこそは、飲み会の席で隣になって「オレ、もう少しすると離婚して籍が空くから、そのあとよかったら入る?」「マジマジ? 入るー!」という冗談っぽいやりとりでしたが、本当にスピード婚するとは。都会の未婚女性に不足しているのはこのノリの軽さかもしれません。ダディとのはじめてのキスは誕生日のドライブデート、セックスはその少しあとで「一発一中」で妊娠、と赤裸々に綴っています。さらけ出しすぎて「別居したあとも、離婚を決めたあとも、清志さんはあたしの身体を求め続けた」と、ダディが隠したいことまで吐露。それにしても2年間大家族で楽しく暮らしていたのに、テレビを観てもわからなかった離婚の理由。美奈子も「清志さんが考えている別居の意味が最後までわからなかった」と、綴っています。「別れても清志さんが好き。あたしのことをこんなに愛してくれる人はもういない……」「『オレにとってお前が最後の女だから』って言ってくれたことが、いまだに忘れられない」「ねえ、清志さん、愛しています。またいつか、思いっきりケンカしよ」と元ヤンキーならではの熱いメッセージを読む限り、まだ美奈子はダディを想っているようです。ダディもダディで、美奈子を心配して別居後、宮崎の家まで訪ねたり、未練がある気配が。ダディは飽きっぽい美奈子の性格を知って、離婚放置プレイに及んだのでしょうか……。いつまでも彼女の心をつなぎとめるために。人生経験値の高い男女のラブストーリーは一般人には理解不能です。

※このコラムは小説誌「FeelLove」2013 Summer vol.19に掲載されたものです。  『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』は2016年5月12日に単行本発売予定です。

著者プロフィール

  • 辛酸なめ子

    1974年、東京都生まれ、埼玉県育ち。武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。漫画家、コラムニストとして活動。近刊は『厄除開運人生』『サバイバル女道』『辛酸なめ子の現代社会学』『霊道紀行』『天使に幸せになる方法を聞いてみました』など。